一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
関係機関が連携して取り組む
「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」

国土交通省 九州地方整備局 
筑後川河川事務所 副所長 
的 場 孝 文

キーワード:気候変動、流域治水、総力戦

1.はじめに
六角川水系は、佐賀県の佐賀・白石平野を流れる緩流低平地蛇行河川である。六角川は、これまでに幾度となく洪水被害に遭ってきた。昭和55年8月洪水、平成2年7月洪水では甚大な被害を被り、2度の河川激甚災害対策特別緊急事業等により治水対策に取り組んできた。
その結果として、昭和55年8月洪水と同規模の降水量であった平成30年7月洪水と比較すると、浸水家屋数で、4,835戸から132戸へと大きく低減することが出来た。しかし、令和元年8月洪水では、戦後最大規模の洪水であった平成2年7月洪水を上回る降水量を記録し、浸水家屋数約3,000戸に及ぶ被害となった。
本稿では、六角川で発生した令和元年8月洪水の概要と、それを踏まえた「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」について紹介する。

2.六角川流域の概要
六角川は干拓によって造成された低平地を流れるため、下流部の河川勾配は1/45,000と非常に緩く、干満差6mに及ぶ有明海に面しているため、六角川で河口から約29㎞、支川牛津川でも合流点から約12㎞上流まで潮汐の影響を受ける。河道内には有明海特有のガタ土が堆積しやすく、満潮と出水のピークが重なると流水が流れにくくなり、外水氾濫のリスクが高くなる。
また、河川の水位が高いと堤内地に降った雨の行き場がなくなり、内水氾濫が発生しやすい。流域内には、農業用水を確保するためのため池やクリークが数多く作られており、これらも浸水被害を増長するひとつの要因となっている。

3.令和元年8月佐賀豪雨の概要
8月27日から前線の活動が活発になり、28日の明け方にかけて線状降水帯が停滞し、佐賀県白石町で3時間に245ミリの猛烈な雨となり観測史上1位を更新するなど佐賀県を中心に記録的な大雨となった。六角川流域の主要な観測所においては、戦後最大規模の出水となった平成2年7月洪水を上回る雨量を記録した。
その降雨により、支川牛津川妙見橋水位観測所では氾濫危険水位を超過するとともに、8月28日5時40分に既往最高水位を約1m超過する7.02mを記録し、堤防からの越水氾濫が発生した。六角川においても新橋水位観測所で氾濫危険水位を超過し、既往最高水位を更新した。その結果、河川からの越水や支川・水路等からの氾濫により、浸水面積約6,900ha、浸水家屋約3,000戸に及ぶ大規模な浸水被害が発生した。これにより、国道34号をはじめとする主要道路で冠水による通行止めが発生したほか、JR佐世保線の線路冠水などもあり各地で交通網が途絶した。
また、佐賀県大町町では、工場からの油流出による二次被害が発生した。

4.豪雨による油流出とその対応
工場からの油流出は、平成2年7月洪水時にも発生しており、今回は2度目の発生となった。流出した油の除去や公共用水域への拡散防止のため、国土交通省、佐賀県、大町町、自衛隊等関係機関が連携して対応にあたった。関係機関の協力のもと、流出した油の回収作業を行うとともに、地元建設企業や九州防災エキスパート会、他の地方整備局等の協力により、排水箇所へのオイルフェンスの設置や排水ポンプ車による緊急排水を実施した。その結果、8月30日の18時30分には病院や家屋の孤立を解消することが出来たが、油回収作業は降雨の状況を見ながら9月10日まで行われた。
当該事案は、企業においても浸水リスクを把握して、その対策を行うことの重要性を再認識させるものであり、企業の事業継続性にも大きな影響を与えることとなった。
出水後、佐賀県において「災害による製造業者の油流出防止対策研究会」が発足し、令和2年4月30日に報告書がまとめられた。詳細については、佐賀県のHPで公開されているので、ご確認いただきたい。

5.六角川水系緊急治水対策プロジェクトの概要
六角川流域の国管理区間においては、2度の河川激甚災害対策特別緊急事業をはじめとするこれまでの河川整備によって、主要な区間の堤防は概成している。また、浸水被害対策についても、様々な機関によって、60カ所総排水量360m3/sの排水機場が整備されている。このような状況において、前述のような浸水被害が発生したわけである。
令和元年8月洪水被害を軽減するためには、河川管理者のみの取り組みでは不十分であることから、国、県、市町等が連携して「逃げ遅れゼロ」「社会経済被害の最小化」を目指す「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」を策定した。

このプロジェクトは、①河川における対策(被害軽減に向けた治水対策の推進)、②流域における対策(地域が連携した浸水被害軽減対策の推進)、③まちづくり、ソフト施策(減災に向けた更なる取り組みの推進)の3本柱で構成されている。
「河川における対策(被害軽減に向けた治水対策の推進)」としては、堤防からの越水など現在の治水施設の能力を超えるような洪水が発生していることから、遊水地等の整備や河道掘削・引堤・分水路等による河川水位を低下させるための取り組み、上流域のダムや排水機場等の既存施設を活用した洪水被害軽減対策等に取り組むこととしている。
六角川上流域には、採石場を活用した洪水調整池を、牛津川には中流域に地役権方式の遊水地を整備することとしており、河道掘削・分水路等との効果と相まって、堤防からの越水リスクや堤内地の浸水リスクの低減を図っていく予定である。また、利水者等の協力を踏まえた既存ダムの事前放流や排水機場の操作規則の見直し、遠隔制御化等による効率的運用を進めることにより被害の軽減を図ることとしている。
「流域における対策(地域が連携した浸水被害軽減対策の推進)」は、支川や水路等からの氾濫による被害軽減の取り組みである。六角川流域は、有明海の大きな干満差と低平地の地域特性により、浸水被害が発生しやすい。内水対策の排水機場も数多く設置されているが、近年の降雨の集中化・激甚化により施設能力を上回ることもあり、浸水によって排水機能を喪失したものもある。そこで、流域全体で流出抑制や氾濫抑制の取り組みを行い、流出量や氾濫量の削減を図るとともに、排水機場の耐水化や増設によって浸水被害の軽減を進めていく。
具体的には、六角川流域に数多く存在するため池やクリークについて、貯留水の事前放流等による雨水貯留容量の確保、支川や水路の掘削や拡幅、雨水貯留施設や透水性舗装の整備等を関係者と調整のうえ取り組むこととしている。また、浸水によって機能を失わないように排水機場の耐水化も予定している。

「まちづくり、ソフト施策(減災に向けた更なる取り組みの推進)」としては、これまでの水防災意識再構築の取り組みに加え、まちづくりや住まい方の誘導による水害に強い地域づくりを進めることとしている。
六角川流域は前述のとおり浸水常襲地帯であり、過去の水害を教訓にした住まい方が行われてきた。しかし、治水事業の進展による浸水頻度の減少と水害の記憶の風化により浸水リスクの高いエリアの開発や宅地化が見受けられるようになった。そこで、都市計画マスタープランや立地適正化計画等によるまちづくりの誘導や過去の水害を教訓にした宅地高情報の周知、災害危険区域等の設定による低い部分への居住室の建築規制等による水害に強い地域づくりに取り組んでいく。また、地域住民に災害を我がこととして感じていただき、主体的な避難行動に資するためのきめ細かな情報発信をケーブルテレビやSNS等を活用して進めていく予定である。

6.おわりに
これまでの治水事業の取り組みが一定の効果を発揮したが、これからは避難訓練を通した防災教育や防災知識の普及等による人材育成、気候変動の影響による豪雨の頻発化・集中化・激甚化による降水量の増加や海水面の上昇などの外力の増加、少子高齢化などの社会構造の変化等に対応していく必要がある。
これまでの治水対策は、各々が決められた役割分担のもと、河川区域や氾濫域を中心に対策を行ってきたが、これからは、あらゆる関係機関が協力し、流域全体で被害を最小化することが求められている。
令和元年8月佐賀豪雨で明らかになった六角川水系の課題を踏まえた「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」はその先駆けであり、策定にあたり御協力・ご尽力いただいた関係者のみなさまに改めてお礼を申し上げます。「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」をきっかけとして、総力戦でいのちとくらしを守る防災・減災の議論が深まることを期待しております。

<参考>
・六角川水系緊急治水対策プロジェクト
(武雄河川事務所):
http://www.qsr.mlit.go.jp/takeo/prepare_bousai/gensaitaisakukyougikai/
gensaikyougikai4.html
・災害による製造業者の油等流出防止対策報告書
(佐賀県):
https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00374147/index.html

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧