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住民参加による川づくりの試みについて

建設省遠賀川工事事務所
 直方出張所長
田 上 敏 博

1 はじめに —住民参加の必要性と背景について一
遠賀川流域を中心とした筑豊地区は,平成13年度にいわゆる“石炭六法”の廃止期限がせまるなかで,自立に向けての新たな地域浮揚・活性化策や街づくりを模索しつつある。
今,筑豊に住む地域住民は何を考え,何を思い,母なる遠賀川に何を期待し,行政に何を求めているのか。遠賀川の河川事業の携わり,地域の窓口としての役割を担うものとして課題は多い。
一方,公共事業に対する厳しい世論が飛び交う中で,防災対策(治水)を含めて,地域や地先単位のきめ細かい環境にも配慮した総合的な河川事業が求められつつある。
従来の全国一律的な河川事業の形態ではなく,地域の文化,風土,歴史,自然等の個性をいかす工夫,流域独自の環境を保全・創出する工夫等,地域の意見やアイディアを反映した,多様で個性豊かな行政手法や技術が,これからの河川事業には必要不可欠である。
例えば,新たな治水工法として,平成2年11月から始まった多自然型川づくりは,生物の多様な生息・生育環境の保全・創出とともに,美しい自然景観の創出を目指すものであり,技術的には一定の成果を上げつつある。しかし,重要なことは,その技術が自然界に受け入れられるものであると同時に,地域の人々にも受け入れられるものでなければならない。
現段階において,多自然型川づくりは地域の人々に好評であると言える。新しい川づくりへの転換は,地域の人々に好印象を与えているようである。
しかしながら,技術的には受け入れられても,行政の住民に対するアプローチが本質的な変貌をとげない限り,地域との関係における再構築は望めない。その大きな命題が地域(住民)との合意形成なのである。
このような中で,まもなく河川法が改正となる。主な改正の概要は,河川の持つ多様な自然環境や水辺空間に対する国民の要請の高まりに応えるため,
① 河川管理の目的として「治水」,「利水」に加え,「河川環境」(水質,景観,生態系等)の整備と保全を位置付けること。
② ダム,堤防等の具体的な整備計画については,河川管理者が地方公共団体の長,地域住民等の意見を反映させて定める。
というものである。
初めて計画策定に地域住民の意見を聞くことが義務付けられようとしている。住民参加の第一歩が踏み出された訳である。遠賀川を中心とした筑豊を取りまく環境が変わろうとしている今,河川事業を取りまく情勢も大きく変わろうとしている。

2 川づくり交流会 一交流会発足までの経緯一
行政が住民に計画を説明し合意形成を図る方法としては,従来から関係市町村の合意をもとに,当該事業の関係住民に対する“地元説明会”を開催し,その場で事業計画を説明,合意形成を図る方法が比較的多い。施策として重要な案件であれば関係市町村長,場合によっては学識経験者および有識者の意見を委員会等を通じて伺いながら計画を立案している事例も多くなりつつある。
しかしながら,当初計画案を策定する段階から,住民の意見を反映するケースは非常に少ない。
このような事例が少ない要因としては色々考えられるが,まず第一に,河川工事における従来工法は,画一的な工法が多く,基本的且つ専門的な技術であるために,住民の意見を反映できる要素が少なかったことがあげられよう。
次に,住民との合意形成を図る場合の方法が非常に難しく,いまだ確立していない側面がある。
最近見られる合意形成手法としては例えば
① 行政および学識経験者等委員会等に,住民代表に参画していただく方法
② 行政で素案をつくり,何らかの方法で公表し,意見を伺う方法
③ 最初の素案づくりから意見やアイディアを一般公募し,まとめていく方法
④ 公聴会方式により意見を伺う方法
⑤ 最初の素案づくりから無作為に選定した住民メンバーに参加していただき,その結果を何らかの方法で公表し,全体の合意形成を図る方法
等が考えられるが,いずれも長短があり,どの方法が最善の方法であるとは言い難い。
今後は,住民の方に誰にどのレベルの計画までの合意形成を図る必要があるのか,住民参加のあり方として,更なる議論を進めるべきである。
まずは方法論は別としても筑豊における遠賀川の役割,河川法改正の動き,多自然型川づくりや住民要望に基づく新しい施策と新しい川づくりの動き,水質やゴミ問題を含めての河川愛護の啓発活動等を踏まえ,地域の窓口としての役割を担うものとして,地域住民の“生の声”を聞くための意見交換会(交流会)を実行してみることにしたものでる。

3 直方川づくり交流会の活動報告
平成8年6月に,直方出張所管内河川愛護モニターで直方商工会議所婦人会長である野見山ミチ子座長を含む住民メンバー22名(男性11名,女性11名)と行政(建設省,県土木事務所,直方市)9メンバーによって「直方川づくり交流会」はスタートした(図ー2 活動経過のフロー)。

メンバーは表ー1のとおりである。

1)交流会のメンバー選定にあたって
交流会のメンバーについては,初めてのケースということもあり,特別な選定基準は設けないこととして,
① 直方市民であること。
② 遠賀川に関心を持たれている方。
③ まちづくりに思いを持たれている方。
④ メンバーの半数以上は女性とすること。
等の簡単な条件をもとに,座長および直方市の女性人材バンク等からの紹介によりメンバーを決定し,交流会の主旨等を説明のうえ依頼したところ,快く承諾していただいた。

2)交流会の進め方
進め方については,メンバー主導を原則としたが,当初は
① メンバー間交流が初めての人がほとんどであること。
② 行政との交流についてもほとんどの人が初めてであること。
③ 河川行政のしくみや川に対する知識等の理解度について未知数であること。
等を勘案し,当面は座長と事務局で案をつくり,メンバーの合意を図りながら進めることにした。
特に第1回目は,発足式ということで事前に遠賀川に対する思いや夢,行政に対する質問等についてアンケート調査を行う等して交流会メンバーの意識の高揚を図った。
しかしながら,建設省のこと,遠賀川の河川事業のこともあまり知られておらず,いかに地域住民に対してのPRが不足しているか痛感する結果となった。
このため,最初の1~2回については,可能な限り,河川事業に関する質疑応答中心の意見交換の場とした。
意見交換を進める中で,メンバーから「河川行政や新しい川づくりについての勉強会の開催」に関する要望がなされ,河川行政への理解と同時に新しい川づくりへの視点を持ってもらうべく以下の勉強会を開催することとした。

① 遠賀川流域現地勉強会
遠賀川の河口から上流まで,河川事業についての質疑応答を繰り返しながら現地視察を行った。
遠賀川における治水事業の現状や浄化施設,多自然型川づくりの現場,支川から流入する水質汚濁水の実態等を視察した。

② 多自然型川づくり勉強会
新しい川づくりである多自然型川づくりについて,福留脩文先生をお招きして勉強会を開催した。
特に全国各地の川づくりの事例や,スイス・ドイツの近自然型河川工法についての事例紹介については,質疑応答も活発に行われ,非常に活気のある勉強会であった。
③ 四万十川勉強会
母なる遠賀川と清流四万十川の違いを勉強したいという要望により,四国の小田川における五十崎町の住民参加による川づくりの事例と四万十川の現地勉強会を実施した。
このような各種の勉強会を開催し,少しづつ河川事業に対する理解が深まりつつある。特に初期段階における現地勉強会は違った視点で遠賀川の現状を理解していただくという意味でも非常に効果的であった。
3)夢プランの検討
勉強会を進めるうちに,メンバーの意識が高まってきたことをうけ,地域住民に制約をかけることなく,自由な意見や要望・アイディアにより絵を描いたら,果たしてどのような川づくりになるであろうか,という発想から,交流会のメインテーマ(議題)として“夢プラン”を検討することをスタートさせた。
(夢プランの目的)
夢プランを交流会の最初の意見交換のテーマとした目的は以下の4点である。
① 将来構想をとりまとめることにより,河川についての総合的な知識の習得ができること。
② とりまとめる過程において行政と住民との交流,さらに行政間,住民間の相互交流が図れること。
③ とりまとめる過程において小規模ながら合意形成の難しさと行政のしくみが理解できること。
④ 地域住民の川に対する本質的な夢と思いが理解できること。
⑤ 小規模な交流会においてとりまとめた将来構想を,最終的には行政や市民全体に対しても合意形成を図る必要があり,さらに大きな合意形成のあり方について経験できること。
(夢プランとりまとめ対象区間)
夢プランの検討対象区間は,直方の市街部を包括する遠賀川本川と彦山川で実施した。
(前提条件)
この夢プランをとりまとめるにあたっての前提条件として以下の3点がある。
① 夢プランは,街づくりとも調和・調整のとれる計画にすること。
② 遠賀川における当該地区の現況の治水安全度は将来計画規模1/150に対して1/20程度である。今後も段階的に治水整備が必要である。しかしながら,遠賀川全体の流域バランスからすると当面は上流改修を優先する状況にある。
 このため,夢プランは直方地区の中・長期の将来構想として,地域住民と時間をかけてとりまとめていくことが可能な地区である。
③ 当該地区には,行政が委員会方式で完成させた親水施設がある。しかし,この施設は利用率が悪い事に加え,維持管埋費がかかりすぎていることから,市民の評価が非常に低いという問題があり,地域仕民との合意形成のあり方を問題提起できる一つの事例であると言える。
これは交流会の開催および夢プランをとりまとめるきっかけとなった事例でもある。
(とりまとめ方法)
住民の望む川,望む施設はどんなものなのか?
住民は将来の子供たちに果たしてどんな川を残したいと思っているのか? 夢プランにその思いを表現していただくことにした。
議論する上で,メンバー全員で行うと意見が拡散する可能性もあることから,まずは,メンバーを4班に小分割し,各班毎にそれぞれの夢プランをとりまとめることとした。
次に,4つの夢プランを全体交流会において合意形成を図りながら一つの案にとりまとめていく方法をとることとした。
(夢プラン発表会)
平成8年6月に発足してから計4回の交流会と,住民メンバー同志の任意の集まりにおいてのとりまとめ作業により,各班毎の夢プランをとりまとめ,発表会を開催した。
発表された夢プランは,各班ともに個性豊かで川への思いにあふれており,例えば,
① 山紫水明の遠賀川を夢見て,自然の豊かさを残した川づくり。
② 日本一の多自然型川づくり。
③ 児童・生徒が水辺で学習でき,自然を肌で感じる場所の確保。
④ 春の菜の花,秋のススキの原っばが残る川づくり。
⑤ 人と人がふれあえる河川博物館等の交流場所の設置。
⑥ 河川敷には木陰を増やして欲しい。
⑦ 昔のように水際が自然で動物や植物が見られ,子供が遊ぶ遠賀川の川づくりにしたい。
⑧ 蛍の棲むきれいな川にしたい。
⑨ 桜並木を植えたい。
等,自由な意見が取り入れられた,まさしく“夢プラン”であった。
(夢プランの活用方法)
夢プランについては,現在交流会としての一本化に向けての調整を継続中である。
一本化できた段階で,実現の可能性を模索しながら具体案づくりを進めるつもりである。
幸いにも九州地建では,“川づくり実施プラン”の策定作業中である。この夢プランは今後各方面との合意形成が必要であるが,最終的には直方地区の中長期の川づくり実施プランとしての活用を予定している。

4 1年間を顧みて
初めての試みで,全く白紙の状態でスタートした1年間であった。顧みると,当初は,メンバーの川の知識,河川行政に対する理解の低さが目に付いたが,交流会での意見交換,各種の勉強会等により,治水・利水・環境行政の現状を認識していただき,現時点では高い意識が芽生えつつあると考えている。
また,夢プランのとりまとめを通じて,行政と住民の間だけでなく,住民同士の間にも様々な意見や考え方の違いがあることが分かり,その中での合意形成の難しさを相互に理解しあうことができた。このような相互交流の中から,行政と住民,さらに住民間,行政間の信頼関係が生まれつつある。
さらに,水質・ゴミ問題等の河川愛獲についても認識が高まりつつあり,かつ,今後の川づくりとしては切り離せない課題であることから,夢プランとりまとめ後のテーマとして意見交換を重ねていくことを考えている。

5 これからの活動方針と課題
(活動方針)
① 当面は,現在の夢プランを,行政が直方地区の将来の川づくり構想として活用できるように,“地域住民の要望”として着実にとりまとめる。
 とりまとめ後は,関係行政に対して提案を行うものとする。
② 夢プランのとりまとめ後は,その他の河川行政の課題や住民参加のあり方等をテーマに,さらなる意見交換および交流を継続する。
③ 交流会メンバー参加によるモデル工事を実施し,具体的な工事に対しての住民参加のあり方を検証する。
④ 直方川づくり交流会が,今後の直方地区の住民交流ネットワークの母体として,活動できる体制の充実を図る。
(課 題)
① 直方川づくり交流会は,メンバ一人選がスムーズでかつ行政に対しての高い意識を持つ住民に集まっていただいたため,最初は戸惑いがあったものの,回を重ねる毎に活発な交流会となった。現在の高い意識を今後もいかに継続させ,行政と住民との交流,住民間の交流が定着するかが課題である。
② 住民は,このような交流会に限らず,行政との関わり合いや交流を望んでいる。今後は,行政として,支援のあり方等についての模索を進めていく必要がある。

6 最後に
河川法の改正,行政改革,多自然型川づくり等新たな地域との関係が求められつつある中での試みではあったが,母なる遠賀川への思い,石炭六法後の筑豊の将来に対する不安,新たな街づくりヘ模索しようとされている意欲ある活動の姿を,「直方川づくり交流会」のメンバーおよびメンバーを介して出会った様々な人々との交流を通じて感じさせられた1年であった。また同時に,われわれ行政に携わる者にとって,仕民が求める筑豊の活性化のために何ができるのか,何をなすべきなのか,行政の支援とは何か,住民に求めるものは何か,等について再認識させられた1年でもあった。
住民交流は,まさに人づくりであり,河川行政を正しく理解していただいた中で,行政に対する意見やアドバイスをいただき,さらには母なる遠賀川への愛護・愛着が一層深まることで,交流の輪が着実に進展することを,期待を抱きつつ,我々に課せられた責務として今後の活動を実施していきたいと考えるものである。

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