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人工浮島における生態系とその効果
一土浦港(霞ケ浦)の人工浮島を例として一

建設省土木研究所環境部
 河川環境研究室長
島 谷 幸 宏

建設省土木研究所環境部
 河川環境研究室 研究員
中 村 圭 吾

1 浮島とは?
浮島は元来自然に存在するものである。泥炭層がガスにより浮き上がったり,湖岸の一部が切れたりして,浮島になって湖沼の上を漂う。天然の浮島として日本では尾瀬ケ原や山形県の浮島大沼が有名である。浮島のことを浮野と呼ぶ地方もある。現在,人工の浮体の上に植物を植えて,人工の浮島をつくる試みが霞ケ浦の土浦港でされている。このような人工浮島の歴史は意外と古く,ドイツでは“Schwimmkampen”(Schwimmen=swim or float,kampe=camp or campus)の名でベストマンロールで知られるベストマン社によって20年近く前からつくられている(Hoeger,1988)。Hoegerによると浮島の機能は以下のようである。①湖岸浸食の防止,湖岸保護②生物のハビタット③景観設計,計画,管理④水質浄化とろ過⑤水を媒体とする伝染病の防止。その他の浮島の利点としては⑥ダムや湖沼の貯水容量に影響を与えないことも挙げられる。人工浮島の他の事例としては,日本においては琵琶湖,渡良瀬遊水池,ダムの貯水池(飯田ダム,奥野ダム)等で,またアメリカではNBS(National Biological Survey)がフーバーダムにおいて実験中である。NBSと筆者らは浮島について国際共同研究中である。
これらの浮島は目的別に①漁礁浮島②景観浮島③浄化浮島の3タイプに分類される。①のタイプは水産目的であり,浮島の集魚効果をねらったものである。浮島の構造は比較的単純でよい。このタイプの浮島は植栽部に土壌を入れても問題ない。また水中部に根がたくさん出るような工夫が必要である。②のタイプは景観的アクセントとしての浮島の利用例である。この浮島の特徴としては,かなり大規模である点である。コンクリートを浮体として利用し,植栽植物も水生植物だけでなく樹木も使用している。このタイプは生物生息空間としての効果も大きいと思われる。ただしコストは他のタイプよりも割高となる。③のタイプは水生植物による水質浄化をねらったものである。構造は比較的単純だが,水質浄化のためであるから植栽基盤として土壌を入れては意味がない。従って植栽基盤に工夫を凝らす必要がある。植栽基盤としては空隙が大きく,強度があり,分解に対して強く,かつ環境に悪影響を及ぼさない物質である必要がある。
ここで注意して欲しいのは,これらのタイプ分けはあくまでも主目的別分類であり,たいていの浮島はこれらの機能を合わせ持つことを念頭に置く必要がある。本文では③のタイプの浮島を中心に話を進めていく。
建設省関東地方建設局霞ケ浦工事事務所は1993年3月に,前河川環境研究室主任研究員である鈴木興道氏の指導のもとに,人工浮島を土浦港内に設置した。土浦港に設置された人工浮島は,現在世界最大規模でおよそ長さ91.5m,幅9mで,ひとつ約4.5m×4.5mの浮体40個から構成される。ひとつの浮体は鋼製のフレームとそれを浮かべるための発砲スチロールからなっており,そのフレームの中に植栽用に10cm程度の切り込みが多く入ったスポンジ(水生植物用フィルター)を設置し,さらにネットで覆われた構造になっている。その切れ込みにヨシ,ガマ,マコモ等の水生植物が植栽された。
土浦港に設置された人工浮島の主な目的は,①生物生息空間の創出②修景③水質浄化である。本文では浮島の生物生息空間(ハビタット)の創出効果と水質浄化効果に着目して浮島の効果について考えてみる。

2 調査方法
1994年10月6日,浮島およびその周辺の6地点(st.1~st.6)(図ー2)で生態系調査,水質調査および底泥調査を行なった。
底泥は浮島(st.1)とその周辺(st.4)においてエクマンバージ採泥器で採泥し,含水率をはかり,その後乾燥させてVSSをはかった。さらに試料20gを2ℓに溶かし,その水質を調べた。
生態系調査としては,植物プランクトンと動物プランクトンについて水質と同じ6地点で定量調査を行なった。また浮島上の植物の根を30cm×30cm(st.1)の範囲で切り取り,それを10ℓの水で洗い,根に付着していた藻類,動物プランクトンの定量調査を行った。翌日10月7日に浮島とその周辺で魚類およびエビの採捕調査を行なった。「浮島有り」水域(st.1周辺)では仕切り網とタモ網を使って,「浮島無し」水域(st.5付近)では仕切り網のみを使って採捕調査した。また本文中ではst.1とst.2を「浮島有り」,st.3,st.5,st.6を「浮島無し」とする。

3 調査結果
(1)植物プランクトン
「浮島有り」と「浮島無し」において植物プランクトンに関して構成種の大きな違いは見られなかった。藻類に関しては,付着藻類の存在によって,全体量としては「浮島有り」がかなり大きくなっている。
(2)動物プランクトン
動物プランクトンの現存量は「浮島有り」で3.2g/m2,「浮島無し」で2.4g/m2であった。根に付着していた動物プランクトン量は2.2g/m2であった。種の構成に関してあまり大きな差は見られなかった。ワムシ類や枝角,カイアシ類は「浮島有り」の方が個体数が多いが原生動物は「浮島無し」の水域の方が多かった。
(3)魚類・エビ
採捕された魚類・エビ等は「浮島有り」で7種778個体である。採捕数の多いものは,テナガエビ(389個体),ブルーギル(202個体),ヌマチチブ(123個体)が挙げられる。特に浮島の根がテナガエビの格好のすみかであることが確認された。
一方,「浮島無し」では3種3個体であり,採捕された魚種はオオクチバス,ブルーギル,テナガエビである。「浮島有り」で採捕された魚類の特徴としては,そのほとんどが当歳魚(生後1年以内)である点である。
(4)水質
全体としては「浮島有り」の水域の方が悪い傾向にある。しかし,これは採水時に少し乱してしまい浮島のフレームや植物の根の付着藻類等を含んだためと思われる。土浦港の浮島周辺は周辺の水域と隔離してないので浮島下の水質も周辺の水域と同じと考えられる。そのため浮島の水質浄化効果については平成7年度より隔離水域を作って実験中である。
(5)底泥
今回の底泥調査によって次のようなことが分かった。浮島の直下であるst.1でCODCr,CODMn, T-P,PO4-P,T-N,NH4-Nの値がst.4に比較して低い値が得られた。また強熱減量(IL)に関してはst.1が高い値となっている。

(6)浮島上の植生
元々,浮島上にはブロック別にマコモ,ガマ,カンガレイ,ミクリ,ヨシを植えたのであるが,その植生は移行し続けている。特にセイタカアワダチソウ,アメリカセンダングサなどの陸上植物が増えてきたのが特徴と言えよう。霞ケ浦工事事務所の調査をもとに計算してみると浮島上の植物の現存量は2,250g/m2(乾重量)で,窒素,リンに換算すると32.4g/m2,2.5g/m2程度である。霞ケ浦のヨシ原の現存量が776g/m2~3,320g/m2(乾重量)と言われているので,自然のヨシ原の現存量に引けを取らない量と言える。ただし筆者の感じでは浮島周辺のヨシと比べると2割ほど浮島上のヨシの方が低い。

4 浮島の生態系の特徴
今回の調査結果をもとに,「浮島有り」と「浮島無し」の水域の炭素に関する生態ピラミッドを図ー4に示す。この図より浮島上の大型植物に蓄積された炭素量が圧倒的に多いことが分かる。また根に付着したプランクトンが浮島下の動物・植物プランクトンの現存量を引き上げている。魚類の現存量に関しても浮島の存在が大きいことが分かる。また浮島の効果として生態系を魚類等の上位捕食者の割合が多い構造に変える働きがあることが分かる。浮島の有無による生態系構造の違いを図ー5に示す。

5 考 察
藻類は浮島の下で浮遊性よりも付着性のものが増えている。霞ケ浦の水質問題としてアオコの発生があるが,付着性藻類の増加はアオコの減少に大きく寄与するものと思われる。
動物プランクトンは浮島下では枝角・カイアシ類といった比較的大型の動物プランクトンが多く,原生動物の割合が少ない。このことは浮島下では付着性のプランクトンが多く,枝角・カイアシ類にとって効率的に捕食できる場となっているものと考えている。このことをどう評価するかは難しい。浮島では食物ピラミッドがより健全な形,つまり低次捕食者に偏った食物ピラミッドでなく高次捕食者が適正量存在するバランスのとれた食物ピラミッドが形成されていると考えている。
魚類・エビ類は浮島下で現存量がかなり多い。これは浮島の集魚効果の明らかな証拠である。餌である大型動物プランクトンが多いこと。浮島の影があり植物の根が隠れ家となること,浮島の消波効果により水域が静かであり生息空間としても適していることがその原因として挙げられる。また捕獲された魚類のほとんどは当歳魚であった。浮島が稚魚の有効なハビタットとなっていることが分かる。また食物連鎖の中で窒素やリンといった栄養塩類が植物プランクトンの形でなく大型捕食者(魚類・エビ)の形となって存在している。湖全体がこのような生態系に変化すれば栄養塩類が総炭素量を規定しているので,植物プランクトン量は減少すると考えられる。このように水質浄化にも役立つと考えている。(生態系の改善による水質浄化)

6 最近の研究状況
土浦港の浮島は開放系であるため水質浄化機能を定量化することが非常に困難である。そこで平成7年度の4月から,5m×5mの隔離水域3カ所に2m×2mの浮島を2カ所だけ設置し水質浄化の実験を行なっている。その調査は現在続行中である。平成7年7月の調査では浮島の設置した水域にはアオコが発生していないが,浮島の設置をしなかったところではアオコが発生しているのが確認された。9月の透視度調査では浮島の有るところで100cm以上,浮島の無いところで27.5cmと大きな差が見られる。総窒素,総リンの値をみても浮島を設置した水域で低い値が観測されている。
このような浮島の水質浄化効果は次のような作用の複合効果と考えている。①藻類が浮遊性から着性に変わった(植物の根あるいは浮島本体に付着する)②浮島上の植物が窒素やリンといった栄養塩を吸収している。③浮島による光の遮蔽効果。これらの効果がどのように作用しているかはまだ分からない。今後の課題である。

7 おわり
霞ケ浦の土浦港に設置された浮島によってスポンジ基盤上にも,水生植物が十分育つことが明らかになった。また浮島は魚類やテナガエビ等の良好なハビタットとなっていることが分かった。水質浄化効果としては従来から言われている水生植物による栄養塩の吸収の他に,生態系の構造を変えることによりアオコ等の大量発生抑制機能があることが示された。
これからの浮島研究の課題としては水質浄化機能の定量化,よりよい植生基盤材料の開発,生物種に応じた生息空間の創造,現在多くの湖沼で減少している沈水・浮葉植物に対応した浮島の制作,浮島と他の浄化方法の組み合わせによる浄化,河口域での使用等々がある。浮島は現在,水辺の環境保全技術として注目され,米国,中国,ドイツ,国内各地のいろいろな箇所で施工されようとしている。今後の研究によってその効果を定量的に明らかにしていく必要がある。

参考文献
1)島谷幸宏:“浮島を造る”変わる街づくり,朝日新聞,1995年1月13日
2)中村圭吾・保持尚志・島谷幸宏:“人工浮島(霞ケ浦土浦港)の効果とその生態系”,河道の水理と河川環境論文集,1995年
3)Hoeger,S:“SCHWIMMKAMPEN-Germany’s artificial floating islands”,Journal of Soil and Water Conservation,43(4),1988
4)Suzuki,O:“Effect By Naturally Diverse River Constrction Methods”,Ministry of Constrction,1993
5)Boutwell,J:“Preliminary field studies using vegetated floating platforms”,National Biological Service(NBS), 1995
6)Gloyna,E.F:“Basis for waste stabilization pond de singns,Advances in water quality improvement”,edited by Gloyna,E.F.and Eckenfelder,W.W.Jr.,397-408,Univ. of Texas.,1968

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