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亜熱帯地域の海上における100 年耐久橋の設計
~伊良部大橋主航路部橋梁設計の事例~
高良則光
與儀克明

キーワード:耐風設計、金属溶射、CM

1.はじめに

伊良部大橋橋梁整備事業は、沖縄県内の離島、宮古島と伊良部島を結ぶ事業延長6.5km(うち海上部4.3km)の離島架橋整備事業で、このうち本橋部3.54kmは、長山水路を跨ぐ3径間連続鋼床版箱桁橋(以下「主航路部」と言う)と、その前後を32径間と14径間の多径間連続PC箱桁橋による一般部から構成されている。図-1に全体側面図を示す。そのうち、主航路部(図-1赤枠内)については平成17年度より実施設計に着手したが、耐風安定性の課題から、平成19年度に橋種の再検討を行った。図-2に平成17年度、19年度設計のパースを示す。
本稿では亜熱帯地域の海上で、100年の耐久性を目指し行った主航路部橋梁設計の主な技術検討として、動的耐風安定性、耐久性を重視した橋種検討、維持管理性を重視した実施設計、及び一連の設計マネジメントについて述べる。

2.設計経緯

主航路部は平成13年度から平成21年度までに動的耐風安定性や塩害に対する耐久性、維持管理性等において、様々な技術的検討を行っている。
図-3に主航路部設計経緯の概要を示す。

3.平成17年度実施設計経緯

主航路部は平成13・14年度に実施した伊良部架橋技術検討委員会において、「際立ち」をテーマに3径間連続鋼中路アーチ橋を選定した。
平成17・18年度の実施設計の主な検討として、採用橋種の特殊性、また平成15年に宮古島に襲来した台風14号の甚大な被害が契機となり、耐風検討委員会を設置し、動的耐風安定性について検討を行った。

3.1風洞実験

以下の特殊性から3次元風洞実験により動的耐風安定性を検証した。写真-1に実験状況を示す。
①開けた海上に架設され、設計風速が高いこと。
②他に例を見ないアーチリブが開いた橋梁形式。

3.2実験結果

アーチ中央点での平均水平変位は、設計風速時で実橋において約90㎝、振動振幅のR.M.S値(2乗平均平方根)は実橋において約26㎝となった。

3.3疲労照査

風洞実験の結果で得られたアーチリブの振動による疲労耐久性検証のため、FEM解析を行った。
①アーチ部材・桁部材の結合部をシェル要素でモデル化した。
②実験で得られた変位をフレーム解析で強制変位として与え、解析モデルの境界条件とした。
③溶接等級に応じた変動振幅応力における打ち切り限界の照査を行った。図-4に解析モデルを、表-1に照査結果を示す。
色塗箇所で打切り限界を超過し、主構造の疲労耐久性に課題があることが判明したため、本橋梁形式の建設は困難と判断した。

4.平成19年度橋梁予備設計(橋種再検討)
橋種の再検討では、一般部橋梁の工事に着手している状況から、設計条件を整理し、動的耐風安定性とライフサイクルコストの検討を行った。
(1)設計条件の整理
①支間長とクリアランス
航路条件から当初計画どおり中央径間を支間長180m、クリアランス27mとした。
②桁高
桁高は平成17年度設計において、アーチ橋の構造から桁高が最大で3.5mに設定されている。縦断線形の変更を検討したが、施工済みの橋脚への影響と、修正期間の事業進捗への影響から、修正は困難と判断し、桁高の変更は行わないものとした。
③設計基準風速高
耐風設計便覧の改訂(H19.2)により、「広大な海面上」を対象とした粗度区分0が追加となった。
主航路部の架橋位置は粗度区分0相当と判断され、粗度区分0にて設計基準風速の修正を行った。
表-2にH17・19の設計条件を示す。

(2)第1次選定案の抽出
支間割、桁高の条件から8橋種を抽出した。

(3)第1次選定
経済性、景観、耐風性の評価で5案を選定した。

(4)動的耐風安定性の検討
第2次選定案に2次元風洞実験を実施し、主構造の耐風安定性が確保できることを確認した。

(5)第2次選定案
経済性、耐風安定性から3案を選定した。

(6)ライフサイクルコストの検討
維持管理を詳細に検討し、LCC(ライフサイクルコスト)のシミュレーションを行った。

(7)最適橋梁形式の選定
耐久性、経済性、施工の確実性と品質の確保、維持管理の容易さから鋼床版箱桁を選定した。
表-3に抽出橋種と選定経過を示す。

図-5に第3次選定橋種の一般図(鋼橋は断面共通)を示し、以降に最適橋梁形式選定に至るまでに検討した主な課題について詳述する。

4.1動的耐風安定性

第2次選定にあたり、主構造の耐風安定性を確認・確保するため、鋼床版箱桁とエクストラドーズド橋の桁断面について2次元風洞実験を実施した。なお、アーチ系2橋の主桁断面はH17年度実施設計で桁自体の耐風安定性を確認しているため省略した。写真-2に風洞実験の状況を示す。

4.2実験結果

実験の結果、エクストラドーズド橋では有害な振動は発生しなかった。これは鋼橋の2倍強の重量が固有周期の長周期化に寄与した結果だと考えられる。
鋼床版箱桁橋では発散振動は発生しなかったが、渦励振の発生が確認された。渦励振は風による応答に対し、減衰率が負となる場合に、限定風速で発生する振動現象である。
減衰率は構造減衰率と空力減衰率からなり、減衰率が負のときに構造物は振動する。
構造減衰率は式(1)により与えられ、空力減衰率は実験により得られる。

空力減衰率と構造減衰率との和が負の領域となるとき(空力減衰率が図-6のピンクのライン-0.026を下回るとき)に渦励振が発生し、その時の振幅が渦励振の許容振幅を与える式(2)の値を超えないかを照査する。

図-6に実橋片振幅と空力減衰率の関係を示す。

図-6より振幅95.6㎜で空力減衰率が-0.026を下回ることが確認され、渦励振の許容値58.4㎜を超過することが分かり、断面修正の検討が必要となった。

4.3断面修正

耐風安定性向上策として断面変更を検討した。
図-7に側面形状の変化を示す。

図-8に再実験の結果を示す。 断面を変化させることで空力減衰率が向上し、渦励振の発生が抑えられ耐風安定性を確保することが出来た。

5.ライフサイクルコスト
100年間の維持管理を正確に想定することは困難である。そこで第3次選定の3橋種について、部材損傷劣化の程度でいくつかのメンテナンスシナリオを作成し、ライフサイクルコストを算出した。
5.1算出フロー

図-9にフローを示す。
①橋種毎の弱点部を想定。
②既往の実績から部材毎に補修頻度を定める。
③劣化程度に幅を持たせ補修を組み合わせる。
④コストの幅を維持管理へのリスクとし橋種選定に反映。
⑤可能性の高いシナリオを総合的な判断で抽出し橋種選定に反映させた。

5.2補修頻度
LCC算出に用いた主な補修頻度について示す。
5.2.1鋼橋
①塗装の上塗の補修頻度は泊大橋(沖縄県内同種橋梁)の実績と既往の文献から部分補修を10年、全面補修は30年ごとに定めた。
②本橋の架橋条件から高頻度の維持補修は困難である。そこで部分的な損傷劣化への対策として、防食下地に金属溶射を検討した。図-10に模式図を示す。

金属溶射は長期の防食性を有するが、鋼材に対して斜めから吹き付けることが困難で、狭隘部が弱点となりやすい欠点がある。
主航路部については、以下の構造細目の配慮により狭隘部がほとんど無いため、標準的な耐用年数とされている90 年を実現できるものと評価した。
・外面ボルト継手の溶接継手への変更
・凹凸の少ない外面形状
なお、採用予定のAl/Mg溶射は試験結果から、溶射のみで100年以上の耐久性が期待できる。

5.3メンテナンスシナリオ

表-4に部位毎に定めた補修頻度を示す。
定めた補修頻度に則り鋼床版箱桁11通り、鋼床版V脚橋11通り、エクストラドーズド橋19通りのシナリオを想定しLCC算出に用いた。
シナリオ間の維持管理費の差は、維持管理へのリスクとして橋種選定に反映させた。

6.平成20年度橋梁実施設計

予備設計で選定された鋼床版箱桁橋に対して図-11に示すフローで実施設計を行った。
ここでは第3者的立場から実施設計の検討内容及び委員会資料の精査を行うことを目的にCM(コンストラクション・マネジメント)を配置した。
  1. 耐久性向上策検討
  2. CMによる照査、技術提案
  3. 委員会審議(詳細設計の基本条件)
  4. 維持管理、施工計画を詳細設計へ反映
  5. CMによる照査
  6. 委員会審議により、施工時の検討事項整理

以降に実施設計段階の主要な検討内容について詳述する。

6.1高耐久性を実現する構造細目
①内装式吊り足場
吊り足場用ピースは維持管理上必要であるが、防食の欠点となりやすい。そこで図-12に示す内装式吊りピースを採用した。

②エッジ部R加工
鋼部材のエッジは塗膜の乗りが悪く、また電磁膜厚計での測定が困難で防食の弱点になりやすい。そこでエッジを2㎜R加工し、エッジ部を含め近傍平坦部を20%増厚し膜厚を確保する管理手法を採用した。図-13に管理箇所の模式図を示す。

③塗装補修工法の確認
維持管理設計では溶射皮膜を残し、塗膜のみを除去補修する設計である。そこで数種の工具で塗膜を除去し、除去後の溶射皮膜の膜厚を確認した。
その結果、サンダポリッシャを用いることで溶射皮膜を痛めずに劣化塗装皮膜のみを除去できることが確認できた。写真-3に使用器具ごとのケレン状況を示す。

6.2メンテナンスマニュアルの作成

維持管理設計にて、以下に着目し、「伊良部大橋主航路部メンテナンスマニュアル」を作成した。
  1. 点検の容易性への配慮:橋面から点検部材へのアプローチ経路の確保。
  2. 点検の確実性の配慮:日常・詳細・異常時、それぞれの点検で着目すべき部位、事項の検討。
  3. 設計思想の伝達:維持管理時の部材毎の一時的な切断撤去の可否、その際の荷重条件等を検討。
  4. 初期条件の保存:劣化状況の比較材料とするため塗装等の初期状態の部材保存を計画。
  5. 暴露供試体:溶接やエッジなど弱点部位をシミュレートした供試体作成を計画し、供試体の劣化状況から補修時期を想定。

6.3維持管理性向上のための風洞実験

桁断面の地覆の外に橋梁点検車のアウトリガーの使用を容易にするため、地覆外側を平場に変更する検討を行った。桁断面は耐風安定性から決定されているため、再度風洞実験を実施し、併せて更なる耐風安定性の向上も検討した。
実験の結果、図-14に示す変更断面が予備設計段階より耐風安定性に優れることが確認され、維持管理性と耐風安定性を両立する結果を得た。

7.設計マネジメント

過去の経緯、前後橋梁に着工している状況等、
多くの制約条件の中、1年9ヶ月の短期間で予備設計、実施設計を経て工事公告まで至ることが出来た。以下にマネジメント体制を示す(図-15)。

①設計者の特定
予備、実施設計ともにプロポーザル方式により技術提案を求め、耐久性向上、維持管理に配慮した設計を実施した。
②委員会設置
橋種検討委員会、設計施工委員会を設置した。様々な検討で専門家の的確な指導が得られ、短期間で精度の高い設計成果を得ることに寄与した。
また、施工者の協会(技術部門)をオブザーバーとして招き、施工者の技術的見解も取り入れた。
③CMの活用
高耐久・経済的な設計を目指すため、プロポーザル方式により設計照査を担当するCMを特定した。その成果の一つとして、CMの照査により部材の材質、厚さを最適化し、約1億円のコスト縮減を実現した。
④高度技術提案型の適用
主航路部の厳しい架橋条件から、高耐久性を実現するため「民間技術力を活用する入札契約手続手法」が必要と判断し、予備設計段階から高度技術提案型の制度設計に着手した。上部工工事の発注に際し、品質と耐久性の向上を目指すため、高度技術提案型(Ⅲ型)の総合評価落札方式を適用した。

8.まとめ

橋種検討、設計、工事発注にて以下の結果を得た。
①橋種選定、実施設計各段階で、それぞれの審議事項に特化した委員会を設置、助言を頂くことで、短期間で精度の高い設計成果を得られた。
②風洞実験を実施することにより、維持管理性と動的耐風安定性を両立する結果を得た。
③橋種選定段階から維持管理を想定することにより、設計思想を反映したメンテナンスマニュアルが作成できた。
④総合評価方式高度技術提案型を適用することで、製作、運搬、架設においてコスト増を伴うことなく、施工者の最新の知見に基づく、技術提案を採用することが可能となった。
最後に、100年以上の高品質・高耐久性を有する伊良部大橋橋梁整備事業の完成を目指し、主航路部橋種検討委員会(委員長:上間清 琉球大学名
誉教授)、主航路部設計施工委員会(委員長:有住康則 琉球大学教授)を始めとする各委員会の委員の皆様から、多大なるご指導、ご支援を賜った。
ここに記して感謝の意を表する。

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