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熊本県における気候変動の影響による水災害の激甚化・頻発化
に備えたソフト対策の推進

熊本県 土木部 河川港湾局
砂防課 主幹(防災管理担当)
嶋 津 秀 一

熊本県 土木部 河川港湾局
河川課 主幹(開発担当)
満 田 好 昭

熊本県 土木部 河川港湾局
河川課 参事
黒 木 俊 志

キーワード:ソフト対策、要配慮者利用施設、ダム、土砂災害

1.はじめに
令和2年7月豪雨では、熊本県全体で災害関連死を含め67 名の尊い命が失われ、建物約9,900棟が被害を受けるなど(図- 1)、県内各地で甚大な被害をもたらし、特に被害が集中した県南地域では、球磨村の特別養護老人ホームにおいて入所者14 名が亡くなるという大変痛ましい被害が生じました。
改めて亡くなられた方々に謹んで哀悼の意を表しますとともに、被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。
また、復旧・復興に向け、全国各地から大変多くの温かい御支援をいただきました。この場をお借りして、心から御礼申し上げます。
水災害からの「逃げ遅れゼロ」を目指すには、河川改修などのハード対策に併せて、避難確保計画の作成や適時適切な防災情報の提供など、ソフト対策をより一層充実することが重要です。
本稿では、これまでに本県が実施してきたソフト対策の推進に向けた取組みについてご紹介します。

図1 令和2年7月豪雨時の浸水被害の状況

2.要配慮者利用施設の避難確保計画
平成29年6月に水防法が改正され、洪水などの浸水想定区域内に所在し、市町村の地域防災計画に定められた要配慮者利用施設は、避難確保計画の作成及び避難訓練の実施が義務付けられることとなりました。しかし、本県では、平成31年3月時点の計画作成率は2.9%(対象1,650 施設中、作成済58 施設)という状況にありました。
本県では、市町村と連携を強化し、施設に対して積極的な支援を行いました。その結果、令和4年3月時点で計画作成率は99.5%(対象2,512施設中、作成済2,500 施設)まで上昇しました。
また、特に令和2年7月豪雨で甚大な被害を受けた球磨川流域市町村については、令和3年5月までに全ての施設で作成が完了しています。
本県が市町村と連携して実施した、計画作成件数の向上に向けた取組みは次のとおりです。

(1)市町村と連携した避難確保計画作成講習会の開催及び個別訪問の実施
施設管理者に対して、計画の必要性や具体的な作成方法をお伝えするため、市町村と共同で講習会を開催しました。単に計画の作成方法を伝えるだけでなく、施設管理者自らが防災情報を取得できるよう、気象情報や河川水位の確認方法、警戒レベルごとの対応など、具体的な方法を説明しました(図- 2)。
また、講習会の参加施設はもとより、講習会に参加できなかった施設も計画作成を進められるよう、支援動画を作成のうえ、YouTube ※で公開し、市町村を通じた周知を図っています。

 ※YouTubeへのQRコード

図2 避難確保計画作成講習会の様子

(2)県ホームページ( 防災情報くまもと) の改修
計画作成を促進するためには、施設管理者が浸水の原因となる河川や、自施設の浸水深を容易に確認することができる環境が必要ですが、施設管理者からは「浸水の原因となる河川名がわからない」、「自施設の浸水の深さがわからない」といった質問が多く寄せられました。このような状況に対応するため、浸水想定区域図作成済の河川(洪水予報河川(5 河川)及び水位周知河川(67 河川))を対象に、県ホームページ(防災情報くまもと)の地図上で施設の位置をクリックすれば、浸水深だけでなく、浸水の原因となる河川名が全て表示されるよう、改修を行いました(図- 3)。
以上の取組みにより、施設管理者が計画作成にとりかかるうえでの「敷居の高さ」をなくすことができたと考えています。

図3 県ホームページ(防災情報くまもと)

避難確保計画は、計画の作成が目標ではなく、施設が計画を活用し、施設利用者及び施設職員の命を守ることが目標であり、施設が避難訓練などを通じて、現状の避難確保計画に関する課題を把握し、より良い計画にしていくことが重要だと考えます。
今後も本県では、市町村の皆様と連携して、施設が実施する避難確保計画の作成及び避難の実効性確保に向けた取組みを支援していく予定です。

3.市房ダムにおける取り組み
市房ダムは、一級河川球磨川の上流に位置しており、洪水調節・発電・かんがい用水・流水の正常な機能維持を目的とした多目的ダムで熊本県が管理を行っています。
令和2年7月豪雨では、前日から洪水に備えて予備放流を実施していたことなどから、異常洪水時防災操作(以下、「緊急放流」という)への移行には至らず、下流河川の水位低減を図るなど、ダムの役割を果たしました。
一方で、緊急放流に関する予告情報を発信した際、一部の住民にダムの情報が正しく伝わらなかったことなどから、ダム情報を確実に、そして正確に伝達して「逃げ遅れゼロ」の実現を目指すための取組みを実施しています。

(1)警報サイレン・警告灯の改善
ダムの警報局や警告灯は、操作や放流の状況を河川周辺住民や河川利用者等へ周知する重要な施設ですが、より確実に情報が伝達されるよう、警報サイレン及び警告灯の改善を実施しています。
警報サイレンの改善としては、緊急放流へ移行する際に、ゲート放流や洪水調節開始時のサイレンに加えて” 半鐘音” を鳴らすことで、緊急性や切迫感を直感的に伝えていきます(図- 4)。
また、ダム情報は警報局からのアナウンスだけでは理解するのは容易ではないことから、視覚で状況を判断できるように、これまで赤一色だった警告灯を、ダム操作に応じて、4 色に区分して点灯させて、住民に分かりやすく伝わるよう警告灯を改善しています(図- 5)。

図4 警報サイレンの改善

図5 警告灯の改善

(2)新たな情報の発信
ダムに関する情報は、洪水調節開始の後は、緊急放流の予告までは発信する機会がない状況です。
そこで、令和4年の出水期から、住民の円滑な避難を支援することを目的に、緊急放流の予告情報よりも早い段階で、新たにダムの貯留状況「貯留能力の半分情報」を発信する取組みを始めました(図- 6)。

図6 発信する情報

「貯留能力の半分情報」は、洪水貯留準備水位と緊急放流判断水位までの貯留容量を分母として、その容量の半分にあたる貯水位に達したときに情報を発信し、緊急放流の恐れが生じる前の段階でダムの情報を伝えることにより、早めの避難行動を促す効果を期待するものです。
令和2年7月豪雨時にこの情報を発信した場合には、緊急放流に関する2 時間前情報よりさらに1時間前に発信することができます。
この情報を発信した時点の下流域の状況は、雨の降り方や場所によっても異なるため、住民の避難にあたっては、本情報を参考にして、気象情報や河川・土砂等の情報を確認することが重要となります。

(3)ダムに関する啓発活動
現在、令和2年7月豪雨からの復旧・復興に向けて様々な取組みが行われていますが、その中で一部の住民からは、「今回の豪雨は、市房ダムの緊急放流が被害を拡大した」などの意見があり、ダム操作において誤った認識を持たれている方がいました。
そこで、ダムの役割や操作について、住民に分かりやすく、また正確な知識を広く周知するためにパンフレットや動画を作成。平常時から地域住民を含めたあらゆる関係者を対象に、説明会や県の出前講座等を継続的に実施しています。さらに、ダム情報を活用したマイ・タイムライン(防災行動計画)の作成も支援しています。

4.土砂災害に関する取り組み
本県では、土砂災害から県民の生命・身体を守るため、砂防施設等の整備に加え、警戒避難体制の整備を中心としたソフト対策を推進しています。本県で実施している土砂災害に関するソフト対策についてご紹介します。
(1)土砂災害警戒区域等の指定の推進について
本県では、土砂災害の恐れのある区域を明らかにし、警戒避難体制の整備等を推進するため、平成14年から土砂災害防止法に基づく基礎調査に着手し、平成29年度までに土砂災害危険箇所を主な対象とした約21,000 箇所の区域指定が完了しました。更に、平成30年度からは、熊本地震後に土砂災害のリスクが高まったことを踏まえ、新たに抽出した約6,000 の危険箇所の調査に着手し、令和5年度末までの完了を目指し区域指定を進めています。熊本地震を契機として再抽出した危険箇所については、これを広く県民に周知し、警戒避難行動に繋げるため、調査の実施に先立ち、熊本県土砂災害情報マップを活用し、いち早く公開する取組みを行いました(図- 7)。

図7 土砂災害情報マップによる危険箇所の公開

(2)土砂災害警戒区域等の戸別周知について
土砂災害警戒区域等の指定においては、説明会等により住民への周知を行いながら手続きを進めてきましたが、平成30年7月豪雨では、土砂災害警戒区域等の土砂災害のリスク情報が一部の住民に認識されず、避難行動に繋がらなかったことが人的被害発生の要因の一つとされました。そのため、改めて県民に土砂災害の危険性を認識していただくとともに、住民自らの警戒避難行動に繋がるよう、平成29年度までに指定が完了した土砂災害(特別)警戒区域内の全ての住宅(約78,000戸)について、平成31年4月からの約3ヶ月間で市町村等と連携し警戒区域の戸別周知を行いました(図- 8)。

図8 戸別周知の状況(益城町)

(3)土砂災害危険住宅移転促進事業について
本県では、他県と同様に土砂災害対策を必要とする箇所が多数ある中、施設整備が追い付いていないという現状がありました。また、事業要件等からハード対策の実施が見込めない箇所も多数存在したことから、新たに本県独自の取り組みとして、土砂災害特別警戒区域内にある住宅が安全な土地へ移転した場合の経費を最大300万円補助する「土砂災害危険住宅移転促進事業」を平成27年度に創設しました(図- 9)。令和4年3月末までに126戸がこの事業を利用されており、申請件数は、年々増加する傾向にあります。
この取組みは、土砂災害リスクから人命を守るうえで有効な対策の1つであると考えており、様々な機会を捉えて、国へ新たな補助・交付金制度の創設等を提案しています。

図9 土砂災害危険住宅移転促進事業

5.おわりに
ソフト対策の更なる充実は、ハード整備が完了するまでの安全確保はもとより、今後の気候変動による災害の激甚化・頻発化に対応するためにも重要であると考えています。
水災害からの「逃げ遅れゼロ」を目指し、引き続き、関係機関と連携してハード・ソフトの両面から取り組んで参ります。

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