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道路メンテナンスにおける自治体支援の取組
~道路橋石橋の定期点検に関する技術資料の作成について~

国土交通省 九州地方整備局
道路部 道路保全企画官
田 口 敬 二

キーワード:道路橋石橋、構造特性、アーチ機構、状態の把握、健全性の診断

1.取組みの背景と概要
九州は石橋の宝庫であり、(一社)九州橋梁・構造工学研究会(以下、KABSEと呼ぶ。)の報告書(2016年6月)によるといわゆる「めがね橋」に分類される石橋は、全国の総数約2050橋のうちの約1830橋が九州に存在しているとされている。
九州に多くの石橋が存在する理由は大きく3つが挙げられる。①地形が厳しい深い渓谷が形成され流れも急であるため、木橋に代わる頑丈で流されない石橋を必要としたこと。②石橋作りに必要な比較的加工しやすい火砕流堆積物である石が豊富に採石できたこと。③石を組む技術を持った知識と経験を有する優れた石工が多かったこと。
石橋の中で用途が道路橋に分類される石橋(以下、道路橋石橋と呼ぶ。)は、全国に約2400橋存在し、九州にはその半分が現存している。構造形式はアーチ形式と桁形式があり、アーチ形式の道路管理者の約9 割が市町村である(図- 1 ~ 3 参照)。

図1 地域別分布(全国)[ N=2376橋]、図2 構造形式別(九州)[ N=1250橋]、図3 管理者別(九州)[ N=687橋]

一方、道路橋は道路法施行規則の規定に基づいて行う定期点検については、道路管理者が遵守すべき事項や法令を運用するにあたり最低限配慮すべき事項を記した道路橋定期点検要領(H31.2国土交通省道路局)(以下、本要領と呼ぶ。)により実施することとなる。
道路橋石橋についても、5年に1 回の近接目視による法定定期点検を実施する必要がある。しかしながら石橋アーチ橋(以下、本形式と呼ぶ。)についてはその技術的な考え方が本要領には示されていない。この現状を踏まえ令和元年度に道路橋石橋を管理している九州管内の市町村に対してアンケート調査を実施した。その結果、9割を越える市町村から「本形式に係る点検要領等が必要」とする技術的支援のニーズが高いことが判明した。また、技術的資料がないことから現状では、参考文献1)に示す学術的研究成果であるKABSEの要領を参考にしていることもわかった。しかし、本形式の構造安全性の評価のための重要ポイントである耐荷機構に着目した点検の実施がなされていないことが課題として把握できた。
そこで、九州地方整備局では市町村支援の一環として、令和2年度に有識者からなる「道路橋石橋維持管理検討委員会」(委員長:熊本大学山尾名誉教授)を設置し、まず定期点検に関する技術資料の作成について、審議を重ねてきた。令和3年3月には「道路橋石橋の定期点検に関する参考資料[石造アーチ橋]」(以下、本資料と呼ぶ。)が中間報告として取りまとめられた。令和3年度より管内の各道路管理者において、本資料による試行運用の実施に取組んで頂いているところである。
今回、本資料の概要について紹介するものである。

2.本資料の位置付けと各項目の概要
本資料は道路橋毎又は部材毎の適切な健全性の診断が行われるよう、石造アーチ橋の構造や材料の特性、変状の特徴についての情報をまとめ、「道路橋定期点検要領(平成31年2月 国土交通省道路局)」を補完する技術資料として位置付けられるものである(図- 4 参照)。

図4 本資料の位置付け

道路橋の定期点検においては、まず構造安全性が点検時点と次回点検まで担保されていることが重要であることから、石造アーチ橋の構造特性について理解を深めるために、構造特性の目次を設定した。次に、点検・診断の実施に際しては、道路橋石橋に特有の留意点について記載している。
目次構成としては以下の通りである。
 1 石造アーチ橋の構造特性
 2 定期点検における留意点
 3 典型的な変状例と健全性の診断の留意点
 4 記録方法の例
 別紙1 部材の名称と変状の例
 別紙2 定期点検の手順の考え方(参考例)
 付録1 三次元測量及び画像による記録の事例
 付録2 石材の種類と使用事例
以下に、石造アーチ橋の構造特性、点検、診断の記載内容について、その着眼点等について詳述する。

2-1 石造アーチ橋の構造特性
本形式の部材名称については、鋼橋やコンクリート橋に比べ馴染みがないため、図- 5 に示すように部材名称の略図を、表- 1 にその定義を示している。

図5 部材名称

表1 部材名称の定義

本形式の耐荷機構は上路式アーチ橋と同様であり、壁石と中詰がアーチ橋の支柱、輪石がアーチリブの役割を担っていることを、対比してわかりやすく解説している(図- 6 ~ 7 参照)。

図6 上路式アーチ橋の概念図

図7 石造アーチ橋の概念図<

本形式は、背面地盤から均等に土圧を受け、上部からもアーチ中心線に対して対称に鉛直荷重を受けることで、壁石及び中詰を通して輪石に荷重が伝達され、最終的に、輪石同士は主として圧縮状態となって耐荷機構を発揮し、アーチ軸線に沿って橋台を介して地盤に荷重を伝達するもので、このことを中間報告ではアーチ機構と定義付けている。
また、石材を組合せて構築した構造でかつ連結されていない離散構造の特徴を有しており、石材相互に圧縮力が働き、隣接する石材に圧縮力を伝達するように輪石の軸圧縮力が支配的となることが重要であることを解説している。
特に、参考文献2)に示す解析結果によるとスパンライズ比が1/4より大きい場合は、概ねこのような耐荷機構が成立することがわかっている。これより小さくなると輪石同士を圧縮状態にするために大きな軸力が必要となっていくこと、また基礎に生じる水平力が大きくなり基礎の変状の影響を受けやすくなっている特徴があることに、診断時に注意が必要であることを解説している(図- 8 参照)。

図8 軸力とスパンライズ比の関係

なお、九州におけるスパンとライズの関係の実態を整理したところ、ほとんどが1/5以上であることがわかった(図- 9 参照)。

図9 スパンとライズの関係

保全上の留意点としては、石材同士が圧縮力を伝達できるように石材間の接触を確保し続けられるように、以下のような形状と荷重伝達経路を保持し続けられる保全が構造の成立性として必須であることを明記している。
①基礎を移動させない、輪石のアーチ形状を変えないための保全
②中詰土の変形、流出を抑制するための保全
③側方にはらみだししない保全等
従って、維持管理では輪石や壁石の形状と荷重伝達経路が狂わないように構造、材料に対して必要な対策を実施することとなる。逆に言えばこれらが崩れると大規模な石材の積み直しの必要性の可能性が高くなることを意味している。

2-2 定期点検における留意点
定期点検の基本は、道路橋定期点検要領(技術的助言)の趣旨に則り、適切な健全性の診断及び第三者被害防止のための措置ができるようにすることである。以下の観点から状態を把握することが肝要である。
1)近接目視点検に先立ち、現地踏査により事前に舗装面の沈下や排水不良に伴う滞水や土砂堆積等、輪石・壁石面からの漏水状況や植生の繁茂状況、輪石や壁石の形状変化、基礎の洗掘や沈下・移動・傾斜の相互の関連性を踏まえた橋梁全体の状況変化を外観確認する。
2)各部材の状態の把握は書面の関係で省略するが、石造アーチ橋はアーチ機構により石材同士が圧縮力を伝達し、橋台・橋脚の基礎を介して荷重を堅固な地盤に伝達できることや輪石部分が壁石や中詰を支持し、中詰土の流失等がないことを確認することが重要である。
3)本形式の耐荷機構は圧縮力の伝達を期待した離散構造であり、一つの石材の動きが橋全体の挙動に連動する可能性が高いことから、点検の手順は橋梁下方から(橋台・橋脚、基礎、輪石⇒壁石・中詰土⇒路面・背面地盤)での状態の把握が重要であることを解説している。

図10 挙動事例(イメージ)

4)河川内に橋台・橋脚がある場合は、アーチの耐荷機構に重要な影響を及ぼす洗掘の確認のため、非出水期に近接目視により直接的にその状態の把握することが望ましい。
5)アーチ構造の成立性の確認や将来的な修繕のための変状の要因や変状につながる要因を多角的に把握する必要がある。
6)本形式は植生が繁茂しやすい構造であることから対象部位の状態の把握に際しては、樹木や植生は除去する必要がある。
7)特に、樹根は石材の隙間から中詰土内に侵入し、アーチや壁石の形状変化や中詰土にみず道を形成する要因になることから、取り除くことを基本として明記している。しかし、除去することで悪影響を与える場合は最小限の範囲の撤去し、その後の措置で必要な情報を記録する。
8)石材の組み方は布積(ほぼ直方体に整形した石材を水平方向に配列して積み上げる工法)がほとんどである。石材間については目地処理した場合(写真- 1 参照)と無処理の場合(写真-2 参照)がある。前者の場合は、架設当初から漆喰等で処理ケースと目地の開きの発生により事後的に処理したケースがある。目地処理の有無に係わらず路面の排水不良がある場合には、中詰土の内部を排水が浸透・流下することになり、中詰土の流出や輪石背面の滞水により、壁石のはらみだし等の変状につながる可能性がある。このため、みず道の状況や空洞化の状況等中詰土内部の状態を把握する必要がある。

写真1 目地処理の事例

写真2 目地無処理の事例

2-3 典型的な変状例と健全性の診断の留意点
健全性の診断については、定量的・画一的な判断は困難であることから、典型的な変状事例から状態の把握や健全性の判定のポイントと考え方を例示している。以下に、健全性の診断における主要な留意点を示す。
1)健全性の診断を行うにあたっては、着目する部材の変状が石橋の構造安全性に与える影響、混在する変状(ひび割れと開き等)との関係性、想定される原因(必ずしも一つに限定する必要はない)、今後の変状の進行、変状の進行が石橋の構造安全性や経年変化に与える影響度合いなどを見立てる必要がある。
2)石造アーチ橋に用いられる石材自体の劣化は一般的には想定し難い。アーチ形状や石材同士の圧縮力を伝達する荷重経路の変化が見られる場合には、突発的な安定の喪失も想定する必要がある。後者の場合この観点から判定区分Ⅱになることは少なく、ⅠまたはⅢになることが多いと考えられる。
3)経年変化としては、基礎周辺地盤の洗掘や石材のゆるみが見られたり、局所的な細粒分の流失等が疑われる変状が見られたりする場合には、次回定期点検までに構造安全性の観点からの対策を行う必要性についても注意して、診断を行う必要がある。
4)これらの変状が見られないまでも、石材に対する衝突痕の発生や石材の摩耗等が見られる場合は、出水時等に洗掘被害を受けるリスクを示している。従って軽微な損傷であっても次回定期点検までに予防的な措置を採ることが望ましい場合もあり、注意して診断を行う必要がある。
5)石材の一部が抜け落ちてもアーチ機構は成立していることもあり得る。ただし、原因によっては連鎖的に外れる可能性があるため、抜け落ちや抜け出しの進展性の確認が必要である。
6)アーチ頂部(要石)付近では、壁石・中詰土の死荷重が小さくなり、活荷重の影響を直接受けやすく、この付近の石材のかみ合わせの喪失はアーチ全体の不安定化に結びつくことがあるので留意が必要である。
7)健全性の区分を判定するための画一的な判断基準を作ることは困難であることから、健全性の診断を行う場合の参考となるよう、典型的な変状写真等に対して、状態の把握や健全性の診断にあたって考慮すべき事項の例を表- 2 のような形式で示している。この様式には「各典型的な変状写真に変状状況」と「確認すべきポイント」を明記している。また、備考欄には変状写真事例を補足するために個々の石造アーチ橋の構造や架橋条件の観点から現地で確認すべき事項や記録すべき事項について例示(「①共通して確認すべき事項」、「②損傷が進行したときに石造アーチ橋の構造安全性に与える影響」、「③記録事項のポイント」、「④判定にあたっての留意点」)している。

表- 2 典型的な変状例と健全性の診断事例

8)各部材の状態の判定は、定量的に判断することは困難であり、構造形式や架橋条件によっても異なるため、定期点検においては、対象の石造アーチ橋の条件を考慮して適切な区分に判定する必要がある。
9)対象とした部材・変状は、「橋台・橋脚・基礎」については「洗掘及びそれに伴う石材ひび割れ等」、「輪石」については「抜け出し(ずれ)・抜け落ち、破断(亀裂)、目地の開き等」、「壁石・中詰」については、「全面抜け落ち、はらみ出し、樹根貫入」の変状事例である。

3.あとがき
日本で最も古い石造アーチ橋と言われている長崎眼鏡橋は1635年に竣工し、九州内ではその多くは江戸時代後期以降に築造されている。いずれも石工の知識・経験に基づく構造物であり、構造図等の図面も存在していないものが多い。今後の維持管理を考えると、道路橋石橋は輪石・壁石の形状変化の進行性を確認することが構造安全性上重要である。しかし、本形式は離散構造であることから計測箇所が多くなるため、3 次元点群データ等のデジタルデータの取得活用も有効な手段の一つであると考える。
今後、先人たちの知恵の結晶である石橋を最新技術を使って維持管理の効率化に活用出来ないか検討することとしている。

参考文献
1)KABSE:石橋の設計ガイドラインを用いた設計と改定維持管理ガイドライン(2016.6)
2)五味ら:バランスド扁平アーチ構造の構造特性とその挙動に関する研究、平成25年度日本大学理工学部学術講演会論文集

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