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緑川・浜戸川高潮対策事業【緊急対策特定区間】概成

国土交通省 九州地方整備局
熊本河川国道事務所
緑川下流出張所長
永 谷 恵 一

キーワード:高潮堤防、コスト縮減、熊本地震

1.はじめに
有明海に注ぐ一級河川緑川は、緑川本川河口部及び支川浜戸川に高潮堤防の整備区間を持つ河川であるが、その整備水準は九州内の他の一級河川に比べて著しく低い状況であった。そのような中、平成11 年9 月の台風18 号による高潮被害の発生を契機に、高潮対策の取り組みが進められてきたが、平成22 年度から、より集中的に高潮堤防の整備を進めるために、「緊急対策特定区間(以下、緊特)」に指定され、概ね10 箇年で平成11 年台風18 号規模の高潮に対して安全な整備を行うこととした。
今回、「緑川・浜戸川高潮対策事業【緊特】」の整備が概成したことから、その取り組みについて報告するものである。

2.平成11 年9 月台風18 号による被害状況
平成11 年9 月24 日に台風18 号が熊本県北部に上陸し、牛深では観測史上最高の最大瞬間風速を記録した。さらに、大潮の満潮と重なったことから不知火海岸を中心に高潮被害が発生、不知火町(現 宇城市不知火町)では12 名が亡くなり、緑川及び浜戸川河口域では堤防からの越水等により、床上浸水10 戸、床下浸水28 戸、浸水面積約20ha の被害が発生した。

写真1 台風18号による堤防越水状

3.緑川・浜戸川高潮対策事業【緊特】の実施について
(1)緊急対策特定区間の指定
平成11 年9 月の台風18 号による高潮被害の発生以降、浸水被害が発生した地区を中心に継続的に高潮堤防の整備を進めてきた。
しかし、整備前の緑川・浜戸川の堤防は他の一級河川や有明海に面した海岸堤防と比べると整備水準が著しく低く、台風の危険性が最も高い秋の八朔潮満潮時に低いところでは、平常時でも堤防高と潮位の差が30㎝程度しかない状況であり、常に台風の接近による高潮の危険性にさらされていることから、地元住民、関係自治体等を含め抜本的な対策を望む声が大きく上がった。

写真2 秋の八朔潮満潮時の状況

写真3 台風接近時の水防活動状<

地元住民及び関係自治体からの抜本的な整備を望む声等を踏まえて、平成22 年度より緑川・浜戸川の高潮堤防整備を重点的に取り組むために、「緑川・浜戸川高潮対策事業」を「緊急対策特定区間」として指定し、概ね10 年間を目標に平成11 年18 号台風と同規模の台風による高潮被害の防止を目的として抜本的な整備が開始された。

<緊急対策特定区間の設定基準(抜粋)>
○一級河川の改良工事のうち、改修効果がきわめて高く、次に該当するもの
①事業完成が概ね十年以内である区間
②想定氾濫区域内における浸水戸数が千戸以上である区間

<緑川・浜戸川高潮対策事業【緊特】概要>
○整備範囲
 緑 川・・・河口から3k800 地点
 浜戸川・・・緑川合流点から
       右岸:1k600 地点
       左岸:0k800 地点
○整備目標高・・・TP.4.5 m
○整備期間 ・・・H 22 ~概ね10 年間
○全体事業費・・・約250 億円

図1 緑川・浜戸川高潮対策事業【緊特】計画位置図

(2)高潮堤防整備の考え方
緑川・浜戸川における高潮堤防の整備については、相当の年月と予算が必要となることが考えられることから、3 段階の段階的な整備を行う計画とした。その中で第Ⅰ期整備を【緊特】として地域住民や関係機関等の理解を得ながら整備を進めた。第Ⅱ期整備は平成25 年1 月に策定した河川整備計画で定められた規模、第Ⅲ期整備は河川整備基本方針にて定めた規模を整備目標としている。
第Ⅰ期整備・・・平成11 年台風18 号対応
 【緊特】   (整備高:TP.4.5m)
第Ⅱ期整備・・・河川整備計画規模対応
        (整備高:TP.6.0m)
第Ⅲ期整備・・・河川整備基本方針規模対応
        (整備高:TP.7.0m)

図2 高潮堤段階防整備イメージ

(3)周辺家屋等沈下対策の取り組み
1)支柱付鋼矢板工法の採用
緑川・浜戸川における高潮堤防整備を行うにあたって、最も配慮を行わなければならないのが、有明海における軟弱層上に築造する堤防の沈下に伴う背後地家屋等への影響である。新規に盛土された堤防は最大1m 以上の沈下が想定されることから、堤防の沈下に引きずられる形で、背後地の家屋などに被害が発生する可能性があることから、その影響を最小限に抑える必要がある。 
これまで緑川では、沈下の影響を遮断するために堤防と背後地の間に支持層まで鋼矢板を打設する全着底矢板工法が採用されてきた(図- 3)。

図3 周辺家屋沈下対策のイメージ

しかし本事業においては、整備延長が長大であり、矢板打設長も30 ~ 40m 程度必要となることから、事業費が増大することが想定されたため、大幅なコスト縮減を図るために、一部の支柱となる矢板のみを支持層に着底させ、その間の矢板は応力を遮断するために必要な長さに抑え、各矢板の頭部を連結し一体化させる「支柱付鋼矢板工法」(図- 4)について検討が進められた1)。試験施工の結果等から一定の効果が確認されたことから、本事業において本格的に採用しコスト縮減と工期短縮を行った。本工法の採用により全着底矢板約35% のコスト縮減を図ることができた(図- 5)。

図4 支柱付鋼矢板工法の概要

写真4 支柱付鋼矢板打設状況

図5 支柱付鋼矢板工法のコスト縮減

2)さらなるコスト縮減の取り組み
支柱付鋼矢板工法の採用と併せて、さらなるコスト縮減を図るために、使用する鋼矢板をこれまでの広幅型からハット型鋼矢板へと変更を行った。広幅鋼矢板の幅600㎜に比べ、ハット型鋼矢板は900㎜と1 枚当たりの幅が広く、施工延長あたりの打設枚数を抑えることができ、約10% のコスト縮減が図られた(図- 6)。

図6 ハット型鋼矢板のコスト縮減

本事業においては、川裏における「支柱付鋼矢板工法」と併せて、川表側では、軟弱地盤上における堤防築造のため、堤防法面のすべり破壊の発生が想定されたことから、すべり破壊を防止するための鋼矢板も打設している。川表鋼矢板についてはすべり面を遮断するために必要な矢板長を打設することから全フローティング(非着底)構造となっている。またコスト縮減を図るため、川表矢板についてもハット型鋼矢板を使用した。
また、本事業の実施により、TP.4.5m の堤防高さの確保と併せて、堤防敷幅はこれまでの約13m 程度から約30m と大きく拡幅され治水機能の大幅な強化が図られた(図- 7)。 

図7 高潮堤防標準横断図

4.「平成28 年熊本地震」による影響
(1)熊本地震による堤防被害状況
平成28 年に最大震度7 を2 度観測した、「平成28 年熊本地震」では、熊本県を中心に甚大な被害が発生した。熊本県内を流れる緑川水系は、震源に近く、九州地方整備局管内の一級河川の中で、堤防の変状が127 箇所と最も多く確認された。(表- 1)そのうち、堤防としての機能が著しく低下し、緊急的な復旧工事が必要と判断された箇所が緑川中流部を中心に11 地区となった。地震の発生が4 月であり出水期を迎えることから、緊急復旧工事は24 時間体勢で行われ、本格的な梅雨を迎える前に全ての緊急復旧工事を完成させた。

表1 九州の一級河川における堤防変状箇所数

写真5 整備前の状況(走潟地区)、写真6 整備後の状況(走潟地区)

写真7 緊急復旧着手時(H28. 4. 16)、写真8 緊急復旧完了時( H28. 5. 1)

図8 熊本地震による堤防変状箇所位置図

(2)熊本地震における鋼矢板工法の耐震効果
熊本地震により緊急的な復旧工事が必要となった箇所は全体で11 地区であったが、第Ⅰ期高潮堤防整備を行っている【緊特】区間内においては、緊急的な復旧工事が必要となるような大きな変状は確認されなかった。
第Ⅰ期高潮堤防整備では、一部区間では、L1対策としての耐震対策が施工された箇所もあるが、多くの区域では前述したように、川表側にすべり防止対策としての矢板打設、川裏側に家屋等の沈下を抑制するための支柱付鋼矢板が施工されており、それらの矢板が堤防基礎地盤の液状化に対して、有効に作用したものと考えられる。
緑川・白川堤防調査委員会報告書(平成29 年3 月)2)では、緑川水系における堤防変状率(全堤防延長に対して変状が確認された延長)は無対策区間では約17% に対し、矢板による対策が行われた区間の変状率は約6% と対策の効果が認められたとされている。また、笠間ら3)の研究では、白川と緑川における堤防の沈下量は、無対策区間で、-1.28 ~ 1.56m 以上の幅広い範囲に分布するのに対し、鋼矢板で補強した河川堤防の沈下量は-0.08m ~ 0.39m の範囲に集中しており、鋼矢板工法が地震時沈下量の低減に有効であることを示唆する。と述べている。
本工法が従来の目的に併せて、耐震対策としての効果も見込まれれば、更なる整備の効果が期待できると考えられる。

(3)ICT技術の活用
緑川・浜戸川高潮対策事業【緊特】における整備工事では、ICT 技術の活用も積極的に図られている。主な活用としては、築堤における盛土工、法面整形工で活用し使用においては、

① UAV を用いた三次元起工測量
②三次元設計データの作成
③ ICT 建設機械によるマシンコントロールまたはマシンガイダンス施工
④ UAV を用いた三次元出来形管理
⑤三次元データの納品

の、一連の流れ全ての工程を実施するかたちで多くの工事が取り組まれている。

写真9 ①UAVを用いた起工測量

写真10 ②三次元設計データ<

写真11 ③ICT土工(マシンコントロール)

写真12 ④UAVによる出来形測量データ

施工者からは「丁張設置不要により人的作業が省略でき、また、設置の危険性の回避及び作業時間の短縮・効率化が図られた」ICT 施工時には「手元作業員の配置が不要になったことから重機との接触リスクの削減が図られ安全性が向上した」などの声が聞かれた。
今後も新たな技術の活用やICT 技術の積極的活用などを行い、生産性の向上を目指す「i-Construction」の取り組みを推進して参りたい。

5.「緑川・浜戸川高潮対策整備促進の集い」
これまで実施されてきた、高潮対策(第Ⅰ期)の完成と、引き続き更なる高潮堤防の整備促進を祈念するための式典が、令和2 年11 月21 日に宇土市主催にて執り行われた。コロナ渦での開催であったことから、コロナ対策を十分に行い地元地区代表者や各関係機関ら約50 名が参加した(写真- 13)。

写真13 式典開催状況

6.さらなる整備促進を目指して
今回、目標とする第Ⅰ期の高潮堤防整備を無事完了することができたが、緑川・浜戸川における高潮堤防の整備水準は、依然として周辺の他の一級河川や海岸堤防と比べても低い状況である。
今後も引き続き地域から望まれるように、更なる整備の促進を図っていくことが河川管理者としての重要な責務である。
現在、第Ⅱ期整備となるTP.6.0m に向けた整備も緑川河口部より随時、着々と進んでおり、地域の安全・安心へ寄与できるよう引き続き整備を進めて参りたい。

写真14 TP . 6. 0m の整備が進む網津地区

7.おわりに
本事業が着手して約10 年が経過し、目標であった第Ⅰ期の高潮堤防整備が無事完成を迎えることができた。これもひとえに地域住民の皆様のご理解とご協力また、各自治体・関係機関等のご支援のおかげである。併せて有明海河口部における軟弱地盤上の難工事の中、無事工事を完成して頂いた各施工業者の皆様に対してもこの場を借りして感謝を申し上げたい。

参考文献
1)軟弱粘土地盤を対象とした部分鋼矢板工の開発と観測施工(2013)
2)緑川・白川堤防調査委員会報告書 国土交通省 九州地方整備局
3)2016 年熊本地震における鋼矢板工法で補強した河川堤防の被害要因分析

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