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ラバーダム工法の採用に関しての生物学的見解
一水生生物から見た川づくりへの提言一

二松學舎大学文学部講師
君 塚 芳 輝

1991年11月から施行された「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」は,豊かな川づくりの一環として,河川における魚類や甲殻類の自由通行を促進しようという趣旨で実施要項が制定され,全国的に好評裡に迎えられている。淡水魚類の研究者の視点から,筆者も第1次指定を受けた多摩川水系(関東地建)で委員として検討に参加しているが,九州地建管内でも既に球磨川水系がモデル河川の指定を受け,これまでの低水護岸の改良に加え,今後は既存の横断工作物の改善も検討課題に加わる模様で,魚類の代弁者として事業の展開に大いに期待している。
この度『九州技報』誌への投稿の依頼を受け,九州地方建設局河川部のいくつかの研究会や検討会のお手伝いしている立場から,今回はラバーダム工法に関して,魚類など水生生物の通過利用の側面からの検討を試みた。

1 採用が進むラバーダム
既存の頭首工改築時の代替形式として,あるいは汚濁河川の暫定的な礫間浄化用の取水などの目的から,近年ラバーダム(ゴム引布製起伏堰)工法の採用が各地で目につくようになってきた。九州地建管内でも,ラバーダム工法がいくつか採用あるいは計画が進んできている。
ラバーダム工法は,フレキシブルに倒伏させることで増水時の流下断面の阻害率を小さくでき,また後背部に堆積した土砂をフラッシュし易い長所を有していると考えられる。
しかし,魚類がこの工作物を溯上あるいは降下利用しようとする際には,既成の横断工作物とは異なる種々の障碍を発生させる懸念がある。本稿では,土木工学的な知見を有しない著者が,あくまで魚類の自由通行を確保する視点から,ラバーダム工法について解析してみたい。

2 魚類にとってのラバーダムの問題点
ラバーダムは,魚類や甲殻類が通過利用をしようとする際には,以下のような構造的問題点を有している。
(1)降下障碍-甚大な落下衝撃-
増水等で倒伏させた時のラバーダムは,下流側に伸長するゴム引布(カーペット)を転石等の傷害から保護するために,下流側の河床を平坦なコンクリート叩き(床固め)にすることが不可避である(図ー1)。その結果,起立使用時に堰天端からの溢流水がある場合,落下水とともに滑落させられた魚類は,水深の浅いこの叩き部に文字通り叩きつけられる結果となる。既往のコンクリート製の頭首工や落差工では,溢流部直下の水深をできるだけ深くすることで落下衝撃をある程度緩和する措置(ウォータークッション工法)が既に広く採られているが,ラバーダム形式ではこの対応ができない。なお,倒伏時にカーペットが下流側に延伸しない構造であっても,溢流部直下は一律にコンクリート叩きになっている場合が多いようである(写真ー1)。

もともと,下流側に十分な水深を設けたコンクリート堰においても,抵抗力の小さい仔稚魚には大きな落下衝撃を与えることが知られている。和田・稲葉(1968)はアユ仔魚の「堰からの溢流落下」と「魚道内流下」の際の影響について追跡調査を行ない,それぞれの斃死率81%と97%(対照区は10%以下)と,いずれのケースも大きな衝撃被害を受けることを報じた(表ー1)。

アユは中流域末端から下流域上部の浮石のある平瀬・早瀬で産卵するが,堰の設置位置がアユの産卵場より下流側にある場合,降海しようとするアユ仔魚に落下衝撃を与えるほか,降海できずに堰後背の淡水域に止まることも浸透圧調整の関係と餌生物の不足から,かなりの斃死を発生させる(君塚,1990b;1994a)。一部のダム湖では,海産アユの陸封化再生産も報じられているが(例えば光成,1994),遺伝的な変異性の低下は確実で(関ほか,1995),ダム湖での再生産の開始を直ちに海産アユと同等の代替資源として位置付けることは生物学的に許容できない。
堰からの溢流落下の衝撃緩和のためには,理論的には堰直下に減勢のための副ダム的な横工を付設することも考えられるが,この地点で新たな通過障碍や高水時の流下阻害を発生させる原因となるため,勧められる措置ではない。稀に下流の堰の湛水域がこの堰直下にまで連続している場合は落下衝撃がある程度は緩和されるであろうが,むしろ止水あるいは静水域が連続すること自体が健全な川づくりの視点からは問題である。
『堰下流側に深所を造れない』ことは,ラバーダムの最も大きな欠点である。
(2)溯上障碍
① 段階的・部分的流量調節ができない
従来型の堰では,魚道内の流量を適正に維持するための門扉調整や,呼び水効果への寄与のために両岸の魚道寄り門扉を優先的に開放する措置など,きめ細かな操作が既にかなり広く普及してきている。特に大規模な河川では,魚道に付設する呼び水水路ばかりでなく,魚道寄りの本流門扉や閘門を優先的に開放してやることで,流心にいる魚類にも魚道下流端を見付け易くさせる呼び水効果がある(写真ー2)。なお,写真ー2の事例は倒伏式ゲートではあるが,下流側には十分な水深があり,落下衝撃の緩和が計られている。

一方,ラバーダムでは段階的・部分的な放水コントロールができない。『堰本体部分で魚道流量の調節や呼び水放水ができない』ことも,本形式の大きな短所である。
② 起伏部からは全く溯上できない
在来形式の堰では,粗石付斜曲面式の採用,多段化による一落差の緩和,全面魚道化など,本来の魚道部以外でも魚類の遡上をある程度円滑化する対応が可能である。これに対してラバーダムでは,魚類のジャンプのための下流側深所がないこと,起立時の表面がつるつるで平滑性に富むために溯上の足(鰭)掛りがないこと,下流側のカーペット下面にくさび形凹部が発生すること(図ー1)などの理由から,『起伏部からの魚類の遡上は全く困難』である。
③ 魚道下流端が堰位置から離れる
横断工作部の形式に関わりなく,堰直下に進入してきた魚を速やかに魚道内へと導くためには,魚道下流端を堰の横断位置と一致させることが不可欠である。ラバーダム形式は,堰の横にブロアーなど駆動装置を収容したり,また倒伏時のカーペット保護の目的から,魚道下流端が堰の横断位置よりかなり下流に開口せざるを得ない欠陥を有する。堰からの溢流落下時に直下に蝟集してしまった魚類を,90度と180度の2度の方向転換をさせて魚道下流端まで誘導することは極めて困難である(君塚,1990a)。
④ きつい曲がりの魚道が多い
ラバーダムの魚道は,カーペット両端の取付けや機器収容部の迂回のため,本流とやや離れ,かつ直角(写真ー1)あるいは斜め(写真ー3)に交わる線形となる。溯上・降下しようとする魚類にとって,魚道への進入。離脱時の大きな曲がりの存在は,かなりの通過阻害要素となる。

3 ラバーダム工法採用時の作法
フレキシブルな倒伏で,増水時の流下断面積確保や堆積物のフラッシュが容易であるなど,コンクリート堰より優れた点も有するラバーダム工法を今後とも採用するためには,生物の視点から,以下の事項についての配慮が不可欠であることを申し述べたい。
(1)ラバ一部から溢水させない
写真ー4のように起伏部から一切溢水させない操作措置は,魚類への落下衝撃を与えない点で有効である。この操作は,落下水により堰直下へ誤導されることを防ぐことにもなる。
河積の確保が必要となる高水・豊水時には,溢流をさせることなく,速やかにカーペットを倒伏させる。
この『起伏部から一切溢水させない』という条件が遵守されれば,以下の対応策が有効となってくる。ここからの配慮は,ラバーダム以外の横断工作物についても必須な条件である。

(2)魚道下流端をできるだけ堰に近付ける
魚道下流端が堰の横断位置から離れることは,たとえ堰本体からの溢流落下水がなくても(写真ー4),その構造から溯上時に魚類が迷入してくる危険性がある。写真ー3のような事例では,ラバ一部からの溢水に誘導されて魚類が誤進入してくる。破線からラバ一部にかけての部分に集まった魚類は,右岸側の魚道を見付け,転回していくことができない。なおこの堰では,唯一の魚道が水裏側に設けられていることも問題であることは言うまでもない。
『魚道下流端の位置はできるだけ堰と一致させる』ことを,ここで改めて強調しておきたい。
(3)堰直下に進入させない
魚道下流端を堰位置に合わせられない場合,魚道より上流の護床部敷高を高くして落差を設け,魚類の誤進入を防止する対応は効果的であろう。筑後川恵利堰では,内側魚道の下流端と護床部下縁の位置を一致させているが,上記イメージを具現した有効な手法と思われる(写真ー5)。

山国川の平成大堰では,堰下流の護床区間の両端を堀込み石を張って有溝構造の魚道として延長させ,呼び水の放水方向に配慮して,中央部堰直下への誤進入を防ぐスクリーンとしても有効に機能させている(写真ー6,7)。
この手法は,今後の迷入防止に,かなり有効な配慮として評価されるべきであろう。

(4)流量調節ゲートは底層放流で
ダム形式に関わらず,流量調節ゲートを設ける場合には,表層から溢水させる転倒ゲート形式でなく,底層で放水するスライドやローラーなど引上げ式ゲート工法を採用すべきである。転倒ゲートは傾斜角度により流量を調整するが,ラバ一部と同様に下流側が平坦な叩きとなるため,高い位置から落下させられた降下魚には致命的な打撃を与える。特にアユの産卵場より下流側に位置する堰では,落下させない配慮が不可欠である。
転倒ゲート形式は,アユなど表層遊泳型の魚類の通過には大きな支障はないが,回游性カジカやアユカケ(カマキリ)など底層を通行する魚種にとっては,下流側倒伏時には溯上行動に,上流側倒伏時には降下行動にとって,それぞれ大きな障害となる。落下衝撃とゲート基部への迷入防止のため,転倒ゲートの採用にも慎重な対応が望まれる。少なくとも基部への迷入が確実な魚道隔壁には,転倒ゲート形式を用いるべきでない。魚道の流量調整の目的に対しては,本流堰扉の操作で対応すべきであろう。
(5)魚道上下流端の曲率は緩やかに
魚道上下流端は,直角あるいはかなりきつい曲率で曲げられているが,魚類にとっては方向変更を伴うこの曲がりへの進入と離脱がかなり通行の支障となる。魚道の横断位置は既往の低水路法線の中には挿入できないため,堰前後の法線そのものを拡幅し,できる限り緩やかな曲率で,魚に曲がりを意識させないように魚道に進入あるいは離脱させる線形をとることが有効である。この場合,魚道長が長くなることから,下流端を堰位置に合わせることを優先し,取水樋管と交差する場合は,そちらを伏せ越しでクリアーさせる。降下を最優先させる時季には,勾配をある程度犠牲にして,堰の横断位置に近い場所に新たな魚道上流端(呑み口)を設けることも検討して戴きたい。

4 ラバーダムの今後
ラバーダムは,使い方によっては簡易で有効な取水手法と思われる。しかし,魚類や甲殻類の通過に関しては,大きな障碍となる構造上の欠点を有することも銘記する必要がある。「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」でも示された通り,水生生物の自由通行,言い換えるなら生物学的水循環の保全は,利水と自然環境の共生を目指す時代の要請である。
九州地建管内では既に一部でラバーダム形式が採用されているが,今後の採用にあたっては,ここまでに述べてきた短所の認識と,これを踏まえた適宜な対応をして下さることを,魚類の代弁者として改めて希望して止まない。

参考文献
1)君塚芳輝.1990a.河川の横断工作物が魚類に及ぼす影響一近頃の魚の悩み(下)一.にほんのかわ,(51):17-31.
2)君塚芳輝.1990b.河口堰の影審調査を読む一近頃の魚の悩み(補遺)一.淡水魚保護,(3):47-49.
3)君塚芳輝.1994a.魚に配慮した魚道.平成6年度建設省建設大学校専門課程河川環境科研修テキスト,9pp.
4)君塚芳輝.1994b.魚類の生息環境としての生物学的水循環思考.水環境学会誌,17(8):502-505.
5)光成政和.1994.市房ダムにおけるアユ陸封化について.九州技報,(16):43-48.
6)関伸吾・高木基裕・谷口順彦.1995.DNAフィンガープリントとアロザイム遺伝標識による野村ダム湖産アユの遺伝変異保有量の推定.水産増殖,43(1):97-102.
7)和田吉弘・稲葉左馬吉.1968.長良川におけるアユの産卵から仔アユの効果までXII.衝撃に対する抵抗性及び生存時間について.木曽三川河口資源調査報告,(5):10-15.

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