一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
ダム湖における藻類の異常増殖について

建設省九州技術事務所長
熊 谷 元 伸

建設省九州技術事務所
水質試験課長
紀 伊  新

建設省九州技術事務所
水質試験課水質試験係長
栗 秋 輝 美

1 はじめに
近年,各地のダム湖を中心として発生している淡水赤潮は多くの場合,藻類の一種で,渦鞭毛藻類のペリディニウムが異常増殖したものである。
九州のダム湖でも本種による淡水赤潮が頻発しており,利水並びに親水的な観点からその発生機構や抑制対策の検討が急務となっている。
このような富栄養化問題に対しては,各地で種々の施策による対策,あるいはダムの運用方法等により水質の改善が実施されているところであるが未だ抜本的対策はみいだされていないのが現状である。
そこで今回,プランクトン異常発生の抑制対策および防止対策立案の基礎資料を得るべき,貯水池の富栄養化の指標となっている窒素・燐の内部生産の要因,また,下筌ダムで毎年秋~冬~春先まで発生しているペリディニウムの“シスト”(種)について本シストの貯水池における分布状態,シストの発芽に至る環境要因の室内試験,シストの形成される時期,あるいはこのシストの増殖に最も関与している溶解性無機成分等による発生メカニズムについて検討した結果,いくつかの知見が得られたのでここに紹介するものである。

2 調査および検討項目
次の事項について調査,検討を行った。
① 梅雨期制限水位による水面引き下げで干上る地域に繁茂する雑草の分布状況,種類およびこの雑草からの栄養塩溶出試験。
② シストの分布状態および発芽試験。
③ シストの形成される時期。
④ 直轄5ダム溶解性無機成分等による河川特性および増殖に最も関与している物質の検討。
⑤ 淡水赤潮および溶出栄養塩の集積機構。
⑥ 赤潮発生機構。

3 結 果
3.1 雑草の繁茂状況および種類
下筌ダムでは,梅雨期制限水位により,満水位より44m水位が低下し,湛水面積の3/4に相当する部分が干上る。この部分には40~120日間の短い期間に背丈が2.5mにも達するような雑草が異常な密度で繁茂する状況にある。従って,この雑草からの栄養塩の溶出が考えられることから,この雑草についての調査・検討を行った。
調査結果は以下のとおりである。
① 雑草が密生するのは昔の集落や農耕地跡などの河岸段丘状の平坦部等が中心となっている。
② 水面近くではまばらに生えているが,水面から10m上った当りから密生状態となり,EL310~320mを越えると花粉症の原因といわれ公害草として有名になったオオブタクサが貯水池全域をほぼ一色といってよい状態で繁茂する(写真一1)。

③ 昨年の最高水位EL.330m以下,制限水位EL292m以上の地域での裸の底泥部分,草の繁茂部分の状況は表ー1のとおりである。

3.2 試験槽による溶出試験
下筌ダム貯水池における内部生産の要因として第1に底層部(底泥)の溶存酸素量(DO)の欠乏による栄養塩の溶出,また,梅雨期制限水位期間に繁茂する雑草が水没後,腐食分解,放出による負荷等が考えられる。
そこで今回,繁茂する雑草のうちオオオナモミおよび芝で,実際にどの程度のものがどのような速さで溶出してくるかを調べるため溶出試験を実施した。溶出試験結果を図ー1および図ー2に示す。

図を見てみると,最初から窒素・燐がともに多量に溶け出しており,特に,燐はきれいな溶出曲線を描き,最初の30日間で60日間に溶出する量の67%~75%が溶出している。また,貯水池の底泥からの溶出試験も同時に行ったが,これからの溶出はほとんどないという結果が得られた。
3.3 雑草からの栄養塩負荷
制限水位が解除となり,再び貯水を開始する頃夏に暖められた水は秋口になっても水体が大きいためなかなか冷え込まない。一方河川水温は貯水温より低いため下層へ潜り込み上層の水塊は上に押し上げられていき,最上流部の水は次々に上流端へ送り込まれていくと考えられる。
この最上流部にある水はいつも最初に雑草を水没させ,雑草から最も濃い部分の栄養塩を取り込んでは上流にのぼっていると推察される。
そこで,赤潮最盛期の現地調査を実施した。その結果を図ー3に示す。
結果をみると,やはり栄養塩は上流に集中し,また,表層部だけでなく深層部にも広がっており上流への集中は逆転流によるものであり,深層への広がりは冷たい水が底層を這うように浸入するのでその流れが藻類を引きずり込んだためと考えられる。

3.4 シストの湖内分布状況および発芽試験
3.4.1 シストの“種場”の確認
淡水赤潮の発生原因究明において,水質特性以外にシストの存在ということが問題視されるようになってきた。
ペリディニウムが形成される要因の一つとして湖底に沈澱,堆積したシストから一斉に発芽して形成する可能性が考えられるからである。
そこで,下筌ダムサイト(水深65m)と貯水池中央部付近(水深43m)および湛水末端付近(水深14m)の3箇所において,シストの確認を行ったところ,水深の深い前2地点では確認されず,湛水末端付近の底泥のみからシストが確認された(写真ー2参照)。
このシストは大きさが20~30μmで体内にレッドボディ(red body)を有し,ほぼ球形に近い形をしている。

3.4.2 シストの形成される時期
シストの形成や発芽は,ペリディニウム生活史の中でも種族保存の観点から非常に重要なステージであると考えられることから,赤潮が形成されている期間のうち,いつ頃このシストが形成されているかを確認するため,沈降物捕集装置を赤潮が形成されている水域の2箇所に設置した。
設置位置および設置状況を図ー4,図ー5に示す。また,その結果を表ー2に示す。

捕集装置を設置した12月17日は地点Aでは濃厚な茶色の赤潮が形成され,地点Bもわずかであるが着色していた。
12月17日~12月25日までのうち,シストの地点Aにおける1日当り沈降量は62万細胞/m2で調査期間中最も多く,以降赤潮の衰退に伴って沈降量も減少する傾向にあった。
地点Bは,地点Aより150m程度下流にあって全体的に赤潮の色が薄くシストの沈降量も少ない傾向にあった。また,この場所で1月7日~1月21日の期間に沈降量が0となっているが,これはダムの水位低下に伴って赤潮域が移動したためと考えられる。
以上のとおり,ペリディニウムのシストは増殖の比較的初期に栄養細胞に混って存在し,その量も濃密な赤潮の形成域ほど多い傾向にあることが分かった。

3.4.3 発芽試験
湛水末端付近の底泥から確認されたシストを発芽試験に供した。
試験条件は以下のとおりである。
① 水温……15℃±1℃と,20℃±1℃
② 照明……暗条件と明条件(6,000Lux)の2ケースとし,照明サイクルは明:暗=14h:10hとした。
③ 試水……下筌ダム貯水池の表層水を1µmのGFPろ紙でろ過したものを用いた。

各条件下におけるシストの発芽状況を図ー6に示した。これによると水温15℃のケースでは明暗ともに15日間培養では発芽は見られず,発芽の認められた水温20℃のケースでは,明暗両条件とも培養3日目から発芽が始まり5日目に発芽数がピークに達した。
このピーク時の細胞数は,明条件で軟泥1g当り840細胞,暗条件で560細胞となり,明条件の方がやや多く発芽した。
培養5日目以降は,明暗両条件とも死細胞が増加し始め,15日目にはピーク時の1/3程度に減少した。
3.4.4 溶解性無機成分からみたダム流入河川特性
各ダム流入河川水の溶解性無機成分を分析し,その結果を表ー3に示す。

また,ペリディニウムの栄養源として重要な物質と言われているCa,Mg,Kについて5ダムの流入河川水を比較すると(図ー7)のようになり,耶馬渓ダムが他の4ダムとかけ離れた位置にある。特に,Ca濃度が低く,淡水赤潮の発生していないのは耶馬渓ダムのみであることから,Ca濃度は淡水赤潮の発生条件の一つであると考えられる。

3.4.5 無機成分とペリディニウム
無機成分の水中溶存量とペリディニウム中の存在量の関係を明らかにすることは,ペリディニウムが貯水池の水中に存在するにはどういう物質を取り込んで増殖をしているかの要因を検討する上で重要なことであると考えられることから,ペリディニウムの組成分析をしてみた。

表から言えることは,ペリディニウムに多くまれている成分は,シリカ,Mg,Kでありシリ力は殻の主成分であるため最大値を示した。
表ー3でも分かるように,流入河川水は一般にCa>Mg,N a> K の関係にあるが,ペリディニウム中ではこれが逆転し Ca < Mg,Na < K となった。このことはペリディニウムの増殖に必要な物質はMg,Kであると考えられる。
また,流入河川水とペリディニウム増殖域における無機成分量を比較すると表ー5となり,Mg,Caは増殖域で顕著な減少がみられ,ペリディニウム中に濃縮されていることがわかる。

4 考 察
4.1 全国的にみた淡水赤潮発生状況
淡水赤潮は,全国33の湖沼において発生し,そのうち29湖沼が人工湖である。この赤潮現象は上流端付近に限って発生し,原因種は殆どの場合ペリディニウムであるという共通的な特徴を持っている。発生地域は西日本特に,近畿,四国,九州地方に多く,中央構造線に関係あるのではないかという説もある。年代的には1975年(昭和50年)以降発生が急増している。
このことは貯水池の一般的な水質はもちろんであるが,流入河川水の溶解性物質,流域の植生,土壌等の地域特性についても考慮してペリディニウムによる赤潮の発生機構を究明していく必要があることを示唆している。
4.2 シストの種場について
シストの種場調査の結果,ダムサイト付近と貯水池中央部付近の底泥ではシストは見つからなかった。この原因については,濃厚な赤潮は流入末端に形成されることが多く,ダムサイト付近ではペリディニウムの細胞数が少ないこと,ダム放流により流出してしまうことや水圧等の関係が考えられる。
また,シストの形成状況は,比較的増殖の盛んな時期(赤潮現象の初期)から形成され,栄養細胞と混って存在している。これは細胞分裂の盛んな時期から次世代の細胞をシストとして保存しておいて,環境条件の変化に備え種族の維持を図ると共に,将来の分布域拡大も可能とする積極的な生活史戦略の一つであると考えられる。
4.3 ペリディニウムと栄養塩の集積機構
ダム湖で発生する淡水赤潮は,まず湛水末端の河川流入部付近において認められることが多く,また,事例からもよく知られ,下筌ダムにおいても同様である(写真一3,図ー8参照)。

即ち,ダム湛水末端部に流入する河川水の水温は,貯水温よりも低いため底層へと潜入し,この流れに伴って表層水が中,底層へと引き込まれるため,この付近の表層部では上流へ向う流れが形成される。
これについては,現地調査結果(図ー3)で示したように,栄養塩の濃度は最上流部に集積していることからも裏付けされ,この栄養塩が湛水末端部における藻類増殖に効果的に働いているものと考えられる。

4.4 赤潮発生機構
シストの発芽は,既存の資料からすると水中の栄養塩や光等は必要ではなく,水温が大きなウエイトを占めていることが分かっている2)(門田1987)。
そこで,下筌ダムにおける水温の月別鉛直分布と流入河川水の浸入層について,S56~S62年のデータを図にしてみると図ー9のようになり,夏期の高水温期には,河川水はダム湖の中層から表層にかけて浸入するが,水温の低下する秋季になると徐々に底層へと潜入するようになる。この時期に貯水池は循環期に入り,底層水温が20℃程度になる時期があり,この状態から少し遅れて淡水赤潮が発生するというパターンが毎年繰り返されている。
下筌ダム湖の河川流入部付近の底泥中に含まれていたペリディニウムのシストによる発芽試験でも前述のとおり水温15℃では全く発芽せず,水温20℃において5日以内に一斉に発芽がみられていることからも裏付けされる。
以上のことからすると,湖底の泥表層に沈積したペリディニウムのシストは夏季の湖底の低水温環境下を泥中で過ごし,成熟した細胞は底泥付近の水温が20℃程度となる9~10月にかけて一斉に発芽し有光層へと移動し,その後,細胞分裂を繰り返しながら増殖し,河川流入部付近に前述した特徴的な水の流動によって豊富な栄養塩を吸収,増殖,集積しこの付近で初期の赤潮が形成されるものと考えられる。

5 あとがき
以上の調査検討の結果,下筌ダムにおける淡水赤潮の形成されるメカニズムについてはほぼ判明してきた。従って,対策についての理論的な立案が可能になったといえる。
現時点で考えられる対策としては,
① 雑草からの栄養塩供給削減のため雑草の除草。
② 湛水末端付近で確認されたシスト除去のため泥の浚渫,あるいは殺除(火炎放射等)
③ シストの発芽を抑制するため,湖内循環特性の変更(底泥付近の水温上昇の抑制)あるいは逆転流の解消等が考えられるが,今後は対策立案を基礎とした対策のための調査,検討に入る段階になったと考えている。

参考文献
1 永瀬ダム湖における淡水赤潮の発生機構に関する研究,畑幸彦(1984)
2 淡水赤潮,門田元編(1987)

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧