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コンクリート標準示方書『耐震設計編』の要点

九州大学工学部建設都市工学科
 教授
松 下 博 通

1 まえがき
平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震によって,多くのコンクリート構造物が損傷を受けた。このため,平成3年に刊行されたコンクリート標準示方書『設計編』の9章に盛り込まれていた『耐震に関する検討』の早急な見直しが必要となった。しかし,この時点で,示方書の大部分は,平成8年の改定に向けての検討が既に終了していた。このため,耐震設計に関する事項を除いた部分については平成8年3月に発刊し,耐震に関する事項は,コンクリート標準示方書設計編から独立して,『耐震設計編』として平成8年7月に発刊することとなった。
コンクリート標準示方書『耐震設計編』の検討は,標準示方書昭和61年版発刊以降の耐震に関する検討をもととし,兵庫県南部地震の被災状況の教訓から,土木学会に設置された『耐震基準等検討会議』の提言を取り入れて,兵庫県南部地震の発生後に,土木学会コンクリート委員会に設置された『阪神大震災調査研究特別委員会』によって改正されたものである。
なお,改正された耐震基準は,これから新設される構造物に適用されるものであり,既設コンクリート構造物の耐震診断と耐震補強については示方書には含めず,試案の形でコンクリートライブラリーに公表されている。
本講座は,平成8年7月に発刊されたコンクリート標準示方書『耐震設計編』の概要を,耐震設計の考え方の変遷も加えて示したものである。

2 耐震設計の考え方
コンクリート標準示方書の耐震設計の考え方を昭和55年度版以前と昭和61年度版以後について,その概要をまとめると次の通りである。
(1)昭和55年以前
① 設計震度によって発生する応力度を弾性計算によって算出し,これが材料の許容応力度以下になるように設計するのが基本的な方法である。
② 設計に用いる水平震度は0.2を標準とし,これを地域,地盤,構造物の重要度,構造物の応答特性などによって補正した値を用いていた。
③ コンクリートの許容せん断応力度の大きさは,その大きさが,図ー1に示すように,現在の知見からみれば,かなり大きい値となっていたと考えられる。昭和55年版の改正で,約2/3の大きさに低減されている。

(2)昭和61年以降
① 設計方法が許容応力度設計法から限界状態設計法に移行し,同時に,耐震に関する検討方法が,最新の知見を取り入れて全面的に改定された。平成3年度版でも基本的にその考え方が踏襲されている。
② 耐震設計を地震時の安全性および地震後の供用性能の両面から行うことが原則とされた新しい考え方が示されている。
③ 地震後の供用性能についての検討は,想定される地震荷重に対して,構造物の応答変位が,あらかじめ定められた塑性変位以下になることを確かめることによった。
④ 地震後の供用性能を,被災の程度から定めることとし,健全性維持,軽微な損傷,中程度の損傷およびかなりの損傷に分類している。ここに,
 『軽微な損傷』とは,ひびわれもそれほど顕著でなく,構造的にも相当の健全性を保っている程度の損傷
 『中程度の損傷』とは,被災後の適当な時期に補修したり,あるいは点検をしながら供用が可能な程度の損傷
 『かなりの損傷』とは,損傷が大きく,残留変形も目立ち,早い時期に補修,補強が必要な程度の損傷と定義されている。
⑤ 一般の土木構造物の場合には,公共性,経済性,地震後の供用性能,設計耐用期間等から考えて,設計想定地震による被害を『軽微な損傷』以下にするのがよいとされている。
⑥ 設計想定地震の規模は,建設時点において設計耐川期間中に1回程度発生する程度の大きさとすると定められている。
 コンクリート構造物の設計耐用期間を50年程度として,設計水平震度は,標準水平震度0.2を,地域,地盤,構造物の固有周期,被災後の供用性能,計算上考慮しない部材の耐震効果を考慮して補正したものである。
⑦ 設計想定地震以上の地震動に対しては,せん断力に対する安全度を曲げモーメントに対する安全度よりも大きくし,軸方向鉄筋比を1.0%以下にし,コンクリートの軸方向圧縮応力度を小さくするなどの工夫をして,急激な破壊を生じないようにし,せん断補強鉄筋(スターラップおよび帯鉄筋)比を0.2%以上とするなど,構造細目で耐震を考慮して,じん性や塑性変形能を改善することにより,構造物が崩壊しないように考慮されている。

3 兵庫県南部地震からの教訓
今回の改定は,兵庫県南部地震により,多くのコンクリート構造物が損傷を受けたことにより,その被災状況をもとにして設計法の見直しを図ったものである。
兵庫県南部地震により,多くのコンクリート橋脚が,主鉄筋が降伏する以上の地震荷重を受けて損傷し,せん断破壊後に崩壊したものも数多く見受けられた。このことは,これらの構造物が設計された時点での耐震設計法に不適切な部分があったことは否定できない。少なくとも,兵庫県南部地震で発生した地震動の大きさは想定されていなかったであろうし,せん断破壊後に崩壊した橋脚が見受けられることは,計算上曲げ破壊が想定されているものに,せん断破壊する可能性があったことを示唆するもので,このような構造物は,じん性が劣り,破壊時の耐荷力がなかったと予想される。
しかし,せん断破壊を起こさなかった橋脚では,曲げモーメントによって大きな損傷を受けているにもかかわらず,崩壊までには至っていない。このことは,曲げモーメントにより主鉄筋が降伏し,降伏変位が大変位を生じたものであっても,せん断破壊に対して余裕のあるものであれば,コンクリート構造物は崩壊に至らないことが確認されたことを示すものである。
コンクリート構造物にせん断破壊に対して十分に余裕をもたせて,部材のじん性を持たせ,大きな地震動に対して崩壊を防ぐという,最新の耐震設計法の考え方が正しいことが示されていると言える。
このように,昭和61年版以降のコンクリート標準示方書の耐震設計法は,その設計の考え方については妥当であると者えられるが,耐震性能とその照査方法については記述されていないため,不明確な点があった。

4 『耐震設計編』の改定の要点と概要
2,3で述べたことを受けて,今回,新たに改正された,平成8年版のコンクリート標準示方書『耐震設計編』の改定の要点を示すと以下の通りであり,特に①②が大きな特徴と言える。
① 設計地震動の取り扱い方法が改正された。
② 耐震性能とその照査方法について明確にした。
③ 構造細目で,鉄筋の継手と定着および横方向鉄筋の配置間隔について規定した。
④ 耐震壁の設計方法について規定した。
平成8年度版コンクリート標準示方書『耐震設計編』の目次を表ー1に示す。

5 耐震性能とその照査方法
今回の改定の特徴は,耐震性能とその照査方法を明確にしたことにある。
構造物が保有すべき耐震性能は,設計地震動,構造物の損傷によって人命に与える影響,避難・救援・救急活動と二次災害防止活動に与える影響,地域の生活機能と経済活動に与える影響,復旧の難易度と工事費等を考慮して定めるものとし,一般の場合,構造物の耐震性能を表ー2に示す3つにしている。
耐震性能を照査するために用いる設計地震動は,想定地震の規模,想定地震源と建設地点の距離,建設地点における地形,地質,地盤などの特性を考慮して定めるものとし,一般の場合,表ー2に示す2つのレベルの地震動としてよい。
構造物の変位,断面力,応力等を算定するためには,地震動の表現形式,照査すべき耐震性能に応じて,構造物を適切な構造モデルに,材料の力学特性を適切な材料力学モデルにモデル化して解析しなければならないが,これらの解析モデルは一般に,表ー2に示すものの1つを選定する。

照査する耐震性能に応じて,適切な設計地震動と解析モデルを選定する必要があるが,一般には,表ー3に示すような組み合わせにより,性能の照査を行うものとすることが規定されている。
また,耐震性能1,2,3を照査するための検討項目は,表ー4に示すように,耐震性能によって当然ながら異なり,耐震性能1が要求される場合には,引張鉄筋の応力度およびコンクリートの圧縮応力度が設計強度以下であることを照査すればよいが,耐震性能2の場合には,地震時応答変位や残留変位が制限値以下であること,耐震性能3の場合には,構造物が崩壊しないことをじん性率や崩壊機構を考慮して検討しなければならないことが定められている。
なお,耐震性能2および耐震性能3に対する照査で,解析モデルに破壊モードが取り入れられていない場合には,(注)に示しているように,破壊モードを,曲げ破壊モードおよびせん断破壊モードのいずれかを,判定式で判定し,その結果をもとに安全性を照査する必要がある。このとき,部材が曲げ耐力に達するときの鉄筋の応力度には,実引張降伏強度を用い,かつ断面内に全軸方向鉄筋を考慮する必要があることに注意すべきである。

6 構造細目について
構造細目では,軸方向鉄筋および横方向鉄筋の定着および継手について規定されており,基本的な考え方は従来と同様である。ただし,横方向鉄筋の配置間隔規定により,新たに中間帯鉄筋が必要になることが改定された事項である。

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