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九州地方計画協会

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グッド・プロデューサーの役割
小林一郎

キーワード:グッドデザイン、試行、マネジメント

1.はじめに
欧州は、各都市間での魅力度に関する大競争時代に入った。文化都市を目指すところもあれば、観光都市を標榜するところもある。社会基盤は、都市の魅力の、まさしく基盤となるモノである。しかも色んな面で、ハードとソフトの様々な連携が模索されている。「あたまを使う時代」なのである。
たとえば、3ヶ月ほど暮らしたことのあるフランス西部のナント市は、周辺の市町村を加えても、人口70万人弱の中核都市である。しかし、公共交通を基盤とした暮らしやすいまちづくりで有名な所である。4系統のトラム(写真-1)と1系統のバス専用路線。それらと至る所で、交差するバスのネットワーク。もちろん1時間以内なら、何度でも乗り次ぎ自由だ。一日券は、連続24時間使える。夕方から乗り始めても、翌日同時刻まで使用可。国鉄で隣の工業都市まで往復切
符を買ったら、自宅から駅までのバス券2枚だけでなく、目的地の市バスの券も2枚ついてきた。国際会議期間中参加者は期間限定の定期券をもらえる。身障者用の車があり、前日までに予約すると自宅まで来てくれる。バス停もシンプルで美しいデザインだ。系統図も分かり易く楽しい。P+Rというサインのあるところは、郊外からの車の駐車場のあるところだ(写真-2)。もちろん、乗車券があれば無料で駐車できる。などなど、すべてが統一的に構想されている。TANとネットに打ち込めば、すべての情報は入手できる。

小さな村でも、個性競争は重要である。「フランスの最も美しい村協会」というのがある(この様なことが知恵の活きるところ)。美しい村に登録するには、人口が2,000人を超えないこと、最低2つの遺産・遺跡があり、土地利用にかんして保護政策が行われていること等が条件である。ブルターニュ半島のロクロナンという村を紹介したい。石造りの小さな町で、南米との貿易が盛んな時には帆布の生産加工の一大産地であったらしい。今は静かな村であるが、道路も建物もすべてが石造りであり、独特の雰囲気を持っている。中世や近世の物語にはぴったりなので、数回ロケ地となっている。観光客は、土地の歴史や景観を楽しむだけでなく、映画の物語のシーンでさえ町に投影する。「彼女が歩いていたのは、このあたりよ」という会話を聞いたことがある。そんな村では、地元の人との何気ない会話が、何より楽しい(写真-3)。村のサイズに合わせて、ほどよい数の観光客が一年中訪れている。私は、この村を3度通りすぎ、4度目で念願叶って一泊することができた。前夜楽しく会食をし、早起きして誰もいない中心広場を散歩した。少し明るくなった蒼天に囲まれ、一気に幻想的な中世の世界に飛び込んだ。散歩後、朝食をとるまえに、そんな話をしたら、ホテルの女将さんが、村の歴史をたっぷり講義してくれた(写真-4)。

2.ヒト・コト・モノ
図-1に、環境性、構造性、機能性の3つの関係を示した。環境性とは、歴史、地形、風土など、設計の際に動かせないもの(尊重すべきもの)のことである。機能性は、主として人間にとっての使いやすさ、居心地の良さなどを考えている。ただし、動物・植物といった生き物にとっても、良い環境となることは常に考えておく必要がある。構造性は、本来そのものが必要となった要因(堤防なら防災、道路なら利便性向上など)をどのように実現するかということである。設計は、構造性を中心に考えていくとして、環境性や機能性との間を行きつ、戻りつして、最も良い答えにたどり着くことが重要である。

これを、ヒト、コト、モノという言葉で、もう一度考えてみたい。たとえば、堤防(モノ)を造るとして、これまでは、防災構造としての機能充足が、ほぼ唯一の目的であった。しかしこれからは、その前にモノの周辺でどんな出来事が展開されるのかを十分に想定する必要がある。川の中しか手が入れられないのではなく、いかにして町との繋がりを確保していくかという工夫が大切だ。もちろんそのためには、利用者の複数のニーズを満たした空間造りが望まれる。優先順位は、ヒト、コト、モノであろう。モノのことだけ考えて造れば良いというものではなく、常にトータルな着眼がのぞまれる。さらに、運用にまで十分配慮した「知恵」が発揮されなければならない。
さて、グッドデザイン賞の賞状を見て、感心したことがある。この賞の受賞対象は、もちろん、モノであるが、鉛筆や車といったハードだけでなく、プログラムやTVの番組など含まれている。最近は、土木構造物で、受賞するものも出てきている。賞状には、プロデューサー、ディレクター、デザイナーが明示されている。土木構造物であれば、発注者(たとえば、国土交通省)が、プロデューサーであることが明記されている。上記のヒト・コト・モノを考えるとき、発注者の発想転換は極めて重要である。国民の意向をうけて、何をデザインさせたいのか。そのためには、ヒトとコトを十分に配慮した(つまり創意工夫に溢れた)発注力が試される。

3.実践例
以下に、小林が関係した3つの事例を紹介する。

1)曽木分水路建設事業(写真-5)
本件は2012年度グッドデザイン賞の特別賞であるサステナブルデザイン賞を受賞した。設計を行うに当たり、隣にある観光地曽木の滝からの、分水路の法面の緑化を中心とした景観検討を依頼された。しかし、デザインチームとしては、設計の方針として、①滝と分水路を一体として考える、②分水路線形を3次元的に考える、③分水路のアメニティを確保する、の3点を目標とした(写真-5)。①,②は景(コト・モノ)としての配慮であるが、③はヒトや生き物への眼差しである。単に水を流す装置としてではなく、人々が集い、生き物が棲む空間の創出であり、周辺の観光地と連携できる施設の構築である。

工期が厳しい激特事業であり、住民への説明や設計打ち合わせにおいても、より具体的なイメージがつかめるよう、模型やCGを多用した。これは、施工時においても効果を発揮し、工事担当者間でも完成イメージの共有が図られ、単なる溝を掘る工事ではなく、上記3目標の実現に向けた、意識の共有ができたものと考えている。
完成後は、「曽木はっけんウォーキング」も開催された(写真-6)。また、著者も講師として参加した、観光ボランティアガイドの皆さんによる観光案内も行われている。さらに、分水路内の自然回復も進み、水溜まりには、豊かなビオトープが創出されたことが、生物学・植物学等の研究者により確認された。

2)白川『緑の区間』整備計画
本件は2015年度のグッドデザイン賞を受賞した。緑の区間は、白川下流域の市街地に架かる明午橋-大甲橋間の約600mのことである。この区間は、平成2年の7.2水害においては右岸側で越堤するなど、市街部の中でも特に川幅が狭く,氾濫の危険が高い場所であった。大甲橋上には熊本市電が走り,電車通りと呼ばれる県道28号線は熊本市有数の大通りである。また,大甲橋から上流を臨む景観は,川沿いの樹木群,石積みの護岸,遠景の竜田山,そして,それらすべてを映す水面からなり,市内でも人気のある水景(代表景)である(写真-7)。

設計に際しては、著者が委員長を務めた『白川市街部景観・親水検討会』で、次のような整備コンセプトが策定された。①現在の景観を活かした景観計画(石積み護岸、緑量の確保)、②緑の拠点とするための植栽計画、③親水性に配慮した水辺空間の整備(水際の散策路、水辺への階段やスロープの配置など)。
ここでも、施設があればいいのではなく、心地よさに配慮した。木々の枝ぶりは、最終的には30年後に安定した風景となるようにするということも了承され、施工30年後のフォトモンタージュが作成された。その後の植栽計画では、30年後を見据えて、樹木は少し広めの間隔で配置されており、時間と共に緑豊かな空間整備が行われることとなった。
最初に右岸上流の橋詰め広場の模型を1/100で作り、トイレや階段の位置やヒトの動きを確認した。その後、各地区を作りたして、最終的には、両岸すべての模型が完成したときには、当然ながら6mの長さになり、その規模に息をのんだ(写真-8)。
住民は必ずしも全員が、堤防建設に賛成していた訳ではないが、説明会を何度か開催するうちに、徐々に共感を得ることができたように感じている。残地に花壇を作りたいといった積極的な提案もあった。

完成後、様々な催しが企画された。音楽会、フリーマーケット、川を楽しく使うためのシンポなど。7月7日には、有志が集まり、水辺リングの乾杯をすることができ、感無量であった(写真-9)。
散歩をする人、木陰で本を読む人、水辺で遊ぶこども達。少しづつ場所の良さを感じてもらっている。
この楽しい空間が、防災にも役立っているということを、時々気づいてもらえれば良いと思う。

3)Aダム周辺の景観整備
本件は、現在ダム本体が施工中である。周辺整備に関する景観委員会(仮)の下にワーキング・グループがあり、いくつかの検討を行っている。なかなか、住民との話し合いにたどり着けないのがもどかしいところであるが、周辺整備の検討は着実に前進している。
「目指すべき景観を実現するための方針」として、①全体に寄り添う(豊かな自然の保全・復元)、②一連の構造物は脇役とする(管理庁舎、交流施設等々は舞台装置と考える)、③人々の活動に配慮する(“ 集い、学び、遊ぶ” を意識する)の3点を掲げ、これに沿って、具体的なデザインを検討している。
この案件では、VRを用いて、周辺地形をすべて表現し、今後造られる構造物や改変される地形(道路の法面や原石山の変化など)を予想し、対策も含めてデザイン案を考えている(図-2、3)。県庁から最も近いダムとなるため、市民の憩いの場となるよう検討中である。国道からの車窓風景だけでなく、ダム湖の利用案と水面からの眺め、サイクリングロードとして見たときの、景観の変化など、楽しい試みが続けられている。

4.おわりに
曽木分水路では完成後、地元の方々を対象とする観光ガイド養成講座の企画に参加し、素人講師も買って出た。県外の大学生達に協力を依頼したウォーキングの企画にも関係した。初回は、参加者を地元(市内在住)の人に限定した。地域の歴史を学び、景観を楽しみ、最後に地元の食材による豪快な料理を堪能する企画が、参加者だけでなく企画者にも、自らの再発見を促したはずだ。今では、地元の高校生が、この企画に参加してくれていると聞いた。
ミズベリングというのも楽しい企画だ。緑の区間では、河畔を楽しむためのイベントがいくつも開催された。その中でも、現在私が一番期待しているのは、七夕の夜7時7分に各自飲み物持参で、水辺で乾杯をするというイベントである。当日熊本は、あいにくの雨であったが、全員で乾杯した。もちろん、別席での2次会は大いに盛り上がった。
ミズベリング世代という言葉も耳にするようになった。地域を巻き込んだ新しい社会基盤の使い方が全国で試みられるなかで、造る側も使う側も変わっていくだろう。デザイン賞の受賞三者でいうならば、デザイナーを志す若者がもっとたくさん出てきて欲しいし、そのような教育の充実が望まれる。
それ以上に重要なのは、新しい発注者の育成だ。維持管理しかない分野に若者が希望を見いだせるだろうか。声高にそのような必要性を唱えるくらいなら、地域に向かって、ミズベリングを企画し、それを踏まえたもの造りを発注できる人材の必要性をこそアピールして欲しい。定型の作業ができる人ではなく、自ら考え課題を作れる人材(つまり、グッド・プロデューサー)こそが今、望まれている。
国家建設のための大土木の時代は終わった。これからは、住民と協働し、環境に配慮しつつ、地域を楽しく使い込んでいく土木事業が必要だ。それを可能とするプロデューサーやデザイナーの登場を切望しているし、その萌芽はいくつかの事業で始まっている。そして私は、可能なら、その両者を結びつけるディレクターの仕事をもう少し続けたい。こんな楽しいことは、世の中には、そう多くはないのだから。

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